時代を歪めんとする者達
今の香苗さんと腹を割って話し合い、互いに分かり合って、その上で本当に二人ともが納得できる道をどうか、模索してほしい。
そう願う俺の言葉は、シャイニング山形の光も合わさって青樹さんの頑なな心にさえ届いたみたいだ。呆然と見ながらも、著しく落ち着きを取り戻した様子でつぶやく彼女。
「香苗の、今を知る……」
「香苗さんには香苗さんなりの歩みや、その過程で積み上げてきた想いがあるんです。まずはそれを正しく知った上で、それから判断していただけませんか?」
「だ、だが……香苗は、香苗は貴様につけ込まれて」
「誓って言います。俺はあの人の心や身体に何一つ干渉していません。今年の春にあの人と出会った時点で、すでに香苗さんはあの、なんかこう、のめり込むタイプの方でした。知人ですらない人からいきなり連絡先を押しつけられた時の俺の恐怖、分かりますか?」
「それは知らんが」
知ってよ! 一応かつては師匠だったんでしょう、あなたは!
思わず叫びそうになるのを堪える。忘れもしない新規探査者教育最終試験の際、聞いてもないのにSNSのアカウントと電話番号とメールアドレスを教えてこられたのは普通に怖かった。思わず逃げ出したもの。すぐに追いつかれたけど。
ともかく。香苗さんはそんな感じで少なくとも、俺が知る範囲では大体あんな感じなんだ。
青樹さんの口振りからするに、どうやら精神的に参っていた時期があったそうだけど……正直信じがたく思えるほどには、あの人は常に元気な狂信者だった。
そのことを踏まえて、続ける。
「香苗さんの過去についても俺は、断片的なことしか知りません。あなたのほうがよほど、ご存知のはずです」
「! そ、そうだ! そこは誰にも否定させないっ!」
「ええ、絶対に否定しません。ですから、その過去を踏まえた上で今一度、今現在の香苗さんを見てあげてほしい。いろんな想いを背負って、いろんな過程を経て今の香苗さんがあるんです。喧嘩別れしてからのお弟子さんを、まずは知るところから始めませんか?」
「……………………」
黙り込む青樹さん。その表情は複雑なものだ。
俺への憎悪、不信。裏腹の期待と希望。そして不安が見え隠れしている。たぶん、俺の言葉を受けて香苗さんと一度、腰を据えて話すという選択肢が生まれつつあるんだろう。
それでいい。俺にはたぶん、二人を引き合わせるところまでしかお膳立てができないけれど。まずは互いに理解し合いたいという想いがなければ、何事も始まらないからね。
「知った上であなたがどう思い、どう行動するかは自由です。俺と敵対したければすればいい、香苗さんを巻き込みたいなら巻き込もうとすればいい。俺がそのすべてを受け止め、何度だって立ちはだかるだけです」
「お前は……」
「だけどその前に、愛する弟子と言うのなら香苗さんとしっかりやり取りするべきだ。そして考えてほしい、本当の意味で香苗さんとともに歩める道は、どんなものかを。その先にあるものが、果たして────」
どんなものであるべきなのか。そう言い切ろうとする俺を前に、不意に状況が変化した。
眼前の青樹さんの左右に、突然人が現れたのだ。
「誑かすのはやめてもらえるかの? 山形公平」
「シャイニング山形……ハッ、マジで光ってやがる。蛍光灯かよ」
いきなりパッと姿を見せた者、二人。腰の曲がったローブ姿の翁と、厳しい顔つきのジャージ姿の青年。
どこからともなく現れたその者たち。おそらくは空間転移系のスキルを使っての登場だろうとは予想できたが……青樹さんもそうだけど、ずいぶん妙なことが起きているものだと内心で苦い思いを抱く。
青樹さんが驚きもなく左右の男たちを見るのに、ああ、こいつらがお仲間かと当たりをつけつつ。
俺はそうした闖入者に対して、言葉を投げかけた。
「空間転移系スキルですか。何をしでかして得たのか知りませんが、あまり多用するとろくな目に遭いませんよ」
「……チッ、ガキがしたり顔で知った口を利きやがる。おい爺さん、こいつ本当に潰しちゃいけねえのか」
「無論のこと。というか潰せやせんのう、儂らじゃとても」
ジャージ男が不機嫌そうに反応する。敵意満々で、まるでそこらのチンピラのような物言いだ。それに対して翁のほうは至って冷静で、どうしたことかこちらの力量をもある程度、見抜いてきているようだった。
青樹さんが苦虫を噛み潰したような表情で、二人へと言う。
「貴様ら、なぜここに」
「勝手な真似しとるアホな小娘がおったら、そりゃ止めにかかるじゃろう。まったく無謀な、しかも儂らにまで危険が及ぶ真似をしてくれよったな、愚か者め」
「っ……」
……やり取りを聞きながら、俺は老人を注視していく。この人はどうしたことか、最初から俺を極度に警戒しているみたいだな。
最近巷で名が売れだしているだけのルーキー探査者に対する態度では、到底ありえない脅えっぷりを見せている。
なんだ? この違和感は。翁を見ると、向こうも俺を見る。
その瞳には好奇心と同等量ほどの恐怖と警戒。観察というにはあまりにも怯えの混じった視線が、俺に向けられていた。
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