ワタシノシアワセ、アノコノシアワセ
激昂とともに行われた名乗り。青樹佐智──香苗さんの元師匠。そして関口くんを真人類優生思想へ引きずり込んだ張本人。
例の怪文書つきマントこと、彩雲三稜鏡を彼女にプレゼントした人でもあるな。そんなお人が今、目の前で俺に向けて憎悪の眼差しを飛ばしてきていた。
夕暮れの境内には俺たち以外の人はいない。不自然なまでに気配がない。蝉の鳴き声と、にわかに吹く風と、それによって木々がざわめき葉が擦れる音ばかりが俺の耳には聞こえる。
「青樹さん……あなたが。香苗さんの、かつての師匠」
「今でも、私はあの子の師匠だ……あの子はすっかり貴様に洗脳されて、私のことなど眼中にないがな。凄まじい手管だ、どうやって香苗を篭絡したのだ? 救世主だなどと狂った妄言を吐くあの子を、私は見たくなどなかった!」
「えぇ……?」
もう完全に俺が、香苗さんをどうこうしたみたいに言ってらっしゃるよ、この方。言っちゃなんだけど出会った時点でどうこうなってたんですけど、あの方。
案の定っていうか予想はついていたって感じだけども、青樹さんは香苗さんが俺絡みで狂信者街道を突っ走っているのが相当、お気に召さないらしい。
なんならネット上での俺のアンチの方々が主張するような、やれ篭絡だのやれ洗脳だのと言い出してるあたり、そういう匿名掲示板も見てそうだ。下手すると書き込んでたりするのかもしれない。闇が深い。
「あの、誓って僕は彼女に対して何も、疚しいことはしていません。香苗さんのことは探査者としても人間としても尊敬しています。縁を結んでいただいたことは、僕の生涯の誇りです」
「口だけではなんとでも言えるなァ救世主坊や……そんな殊勝な口振りと態度でいたいけで純真無垢でかわいい私の香苗に取り入ったか? そしてあの子を言葉巧みに操り思想教育を施したか! すべてお見通しだ小僧めが、この青樹佐智は香苗のことならなんでもわかる!」
「は、はあ」
「なんでもだァァァッ!!」
また吼えたよこの方、想い昂ぶるにも言動があるでしょう!
めちゃくちゃでかい声なんだけど、神社に誰か来る気配もない。やはり《遮断結界》らしきスキルで人払いでもしているのか、厄介だなあ。
しかし青樹さん、さすがは師匠というべきか香苗さんに輪をかけたような思い込みの強さだ。完全に、俺が香苗さんをどうこうしたってのを前提に理屈や理論を展開している。
ある種の陰謀論者とでもいうのかな……どう説いたところで俺の言葉はそもそも届かなさそうだ。いや、下手すると同意や肯定以外の言葉は聞く耳を持たない可能性すらある。そういう、話の通じなさがひしひしと伝わってくるのだ。
句読点を飛ばした状態の狂信者たちのようだ、まさか常時こうなんだろうか?
ゾッとする俺を尻目に、青樹さんはズカズカと俺に近づいてきた。手前数メートル、眼前ギリギリのところに立って、俺を睨みつける。地味に瞳孔が開いてるんですけど怖ぁ……
「私の、香苗を、返せ」
「いや、あの」
「香苗を、元に、戻せ」
「ひぇぇ……」
病みきった目で至近距離からブツブツ言うのやめてよ、怖いよ! やってもないことをやめろって言われても、俺に一体どうしろって言うんだよ!
香苗さんの厄介さをさらに突き詰めたような青樹さんの姿に、もう俺ちゃんてば普通にドン引きだ。害意がない分、うちの伝道師達のほうが遥かにマシって思えてしまう。
そんな風に思う日が来るなんて思わなかったよ、まったくっ。
「香苗は、私といるのが、幸せなんだ。それ以外はすべて、香苗にとって不幸なことなんだ!!」
「……んん? いや、それはちょっと違うと思いますけど」
完全に思い込みの言葉が続く中、聞こえてきたセリフについ、反論する。青樹さんが病みきった目で、俺を凄絶に睨みつけてくる。
怖ぁ……いやでも、それは違うだろう。香苗さんが青樹さんと一緒にいることだけが幸せだなんて、それ以外はすべて不幸せだなんて、なんでそんなことを言い切れる?
それは違う。俺はここに関しては断じて退かず、強く主張した。
「──なんだとォ?」
「彼女の幸せは彼女が決めることです。人は誰でも、自分なりの幸せを自分なりに求める権利がある。あなたが勝手に、香苗さんなりの幸せの形を決めていいはずはない」
「貴様、私と香苗の絆を疑うか!」
「あなたの幸せを、あの人の幸せと混同しちゃ駄目ってことですよ!」
人の幸せは、その人にしか分からない。他人に理解できないことでも、その人にとっては幸せなことだってあり得る。
香苗さんが青樹さんとともにいることが幸せってのは、それはそれで正しいのかもしれない。だけどそれしか幸せな道がないなんてことはないはずだ。
俺と一緒に過ごした彼女の姿は、俺の目から見ても幸せそうな笑顔で溢れていた。
香苗さんのあの笑顔さえ、不幸だと断じるなら……俺はそれは違うって言わせてもらう。香苗さんは、自分の意志で自分の幸せを考え、選び、そして掴み取ることのできる素敵な人だ。
「あなたが俺のことをどう思おうがそれは自由です。憎むなりなんなり好きにすればいい。だけど勝手に他人の幸せを決めつけて、それを押しつけようなんてのはエゴですよ! 誰にも、誰かにエゴを押しつけていい権利なんてないと思います!」
「山形、公平……!!」
「香苗さんの幸せは香苗さんの勝手です! あなたの勝手な都合をまぜこぜにして、彼女の幸せを決めつけないでください!!」
あの人の笑顔を、どうか奪わないでください。
そんな想いのままに俺は、青樹さんへと叫ぶのだった。
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