旅路の果てに、君の笑顔を祈る
マリーさんとソフィアさんの登場に、梨沙さんは一気に身を強張らせたみたいだった。いきなり目の前に国際的な組織のお偉いさんたちがやってきたんだから、そりゃ驚くし緊張するよね。
そんな彼女を気にかけつつも、俺はお二人に紹介した。
「こちらはクラスメイトの佐山さん。今日はクラスのみんなで集まって来てるんですよ」
「ああ、そんなことリーベ嬢ちゃんが言ってたねえ。クラスで集まるなんて、ずいぶん仲のいい話じゃないかえ」
「青春ですねえ」
穏やかに微笑む二人。仲がいい、か……たしかに言われると、こうして少なくない人数が集まる時点で、そこまでグループ同士が険悪なクラスではないよね。
一時期、俺と関口くんがギスっとしていたけどそれももう、過去の話だしね。となると、全体的に仲よしと言ってもいいクラスなのかもしれない。
まあ、そんなクラスにあってなお挙動不審で、不自然に影が薄いのが俺ちゃんらしいけど。
というのはさておき、今度は梨沙さんが直接自己紹介する。
「あの、えと、始めまして。公平くんのクラスメイトの佐山梨沙と申します。いつも彼がお世話になってます」
「こりゃどうもご丁寧に、お嬢さん。探査者のマリアベール・フランソワだよ。口だけ達者の老いぼれだが、よろしく頼むよ。ファファファ!」
「うふふ、同じく探査者のソフィア・チェーホワです。よろしおねがいしますね」
「よ、よろしくおねがいします!」
ガチガチに緊張しながらも頭を下げる梨沙さんに、マリーさんとソフィアさんは穏やかに笑う。
そして何やら俺を見てニヤニヤし始めた。何? なんなの? マリーさんがおもむろに俺に近づいて、耳元でからかうように囁いてくる。
「隅に置けないねえ公平ちゃん。こんなかわいいガールフレンドがいるとは、御堂ちゃんやリーベ嬢ちゃんも負けてられないねえ」
「いや、そりゃまあ女友達ではありますけど……」
「なんならせっかくだ、うちの孫娘ともよろしくしてやっとくれ。首都に行っちまったけど、どうせすぐに暇になるだろうし戻って来させるから」
「なんでです!?」
恐ろしく外聞の悪い誤解をしていらっしゃる。そしてついで程度に引き合いに出されて首都から呼び戻されそうなアンジェさんが気の毒でならない。冗談だろうけど。
ソフィアさんはソフィアさんで、梨沙さんに興味津々で質問してるし……
「山形さんとはいつ知り合ったのかしら?」
「は、はい。あの、今年の春、クラスが一緒になりまして」
「あら、ということは最近巡り合ったのね。彼のどんなところがいいと思うの?」
「ふぇ!? ……や、優しすぎるくらい優しくて、格好良くて、す、す、素敵なところが……あの、友達としてですよ!」
「うふ、うふふ〜! いいわねえ、青春ねえ。私も若い頃、こんなふうに……なる余裕はなかったわねぇ」
思いっきり楽しそうだ。ソフィアさん、青春をやけに繰り返して言うなあ。
彼女はたしかに、自分でも言っていたように青春的なものを味わう余裕はなかったものな。13歳くらいでアドミニストレータになり、以後10年を始まりのダンジョンで過ごし、そして死んだんだ。
そこから受肉したヴァールの肉体に憑依する形で生き延びたんだけど、以降はワールドプロセッサとの盟約のため、WSOの立ち上げに全精力を注いでいたみたいだしな。
生前も死後も、ここに至るまでに一切の余裕なく走り続けた人なんだよね、ソフィアさんって。それを考えると、今こうして穏やかにしている姿が尊く見えてくる。
「肩の荷が下りたって感じですね、ソフィアさん」
「うん? ああ……そうだねえ。こないだの説明会が引き金だったみたいさね。それまでは常にどこか漂わせていた、鬼気迫る雰囲気がすっかり抜け落ちてるよ、今のソフィアさんは」
俺のつぶやきに、マリーさんが目を細めて答えた。視線は俺同様にソフィアさんへ向けられ、ホッとした様子でいる。
やっぱり邪悪なる思念を倒すまでの間、彼女は並々ならぬ想いを抱えていたみたいだ。続くマリーさんの言葉に、耳を傾ける。
「若い時分にゃ気づけなんだが、人の親になり、40だ50だって歳になってからようやく気づいたよ。あぁこの人、相当無理してきてるんだな、ってね」
「…………」
「立場ゆえ仕方ないことだし、何よりソフィアさん自身が望んでの戦いだ。誰にも何も言えやしないけど……実年齢はともかく、見た目は娘とか孫くらいに思えるような若さだからね。痛々しくて仕方なかったよ、ここ十数年あたりは」
「そう、なんですね」
人生経験を積んだ人たちから見て、わかるほどに切羽詰まっていたんだな、ソフィアさん。彼女の150年以上に渡る戦いを想い、胸が痛む。
コマンドプロンプトが輪廻に乗ることを決意したのも、元を辿れば彼女が凄絶な死を遂げたがゆえだ。そこも含めると、今ある世界、今の時代は間違いなく、ソフィアさんが起点になっていると言えるな。
「だから今、ああしてすべての重荷から解放されて笑うあの人を見ると、私ゃなんだかホッとするよ。すべての探査者にとってソフィアさんとヴァールさんこそが始祖だからね。そんなお人らが、長い旅路をようやく終えたんだ」
「ですね……150年にも渡る長旅の果て。彼女はやっと、心から笑えるようになったんでしょう」
二人して、無邪気に笑うソフィアさんを見る。
もう二度と彼女の笑顔が曇らない、そんな時代の到来を祈るよ、本当に。
ブックマーク登録と評価の方よろしくおねがいします
書籍1巻発売中です。電子書籍も併せてよろしくおねがいします。
Twitterではただいま #スキルがポエミー で感想ツイート募集中だったりします。気が向かれましたらよろしくおねがいします




