山形くんのちょっといいとこ見てみたい!
16時も20分頃になって、そろそろ出かける頃合いになってきた。リビングへ行き、ソファに座ってテレビを見ている母ちゃんにアイを託す。
俺の頭にしがみつくアイを優しく撫でつつ降ろし、母ちゃんの横に座らせる。名残惜しそうに鳴きながらも、けれど抵抗はしないこの子は本当にいい子だなと思う。
「きゅう〜」
「夜には帰ってくるから。優子もリーベもな。安心して、美味しいものでも腹いっぱい食べるといい」
「きゅう」
俺の言葉に頷き、アイは今度は母ちゃんの膝元によじ登った。短い手足をバタつかせながらの動きに、俺も母ちゃんも思わずほっこり。
無事に母ちゃんに抱きかかえられる形になったアイを見つつ、母ちゃんに声をかける。
「じゃあ行ってくるから、アイをお願い。晩御飯、いいの食べなよ」
「はいはい。あんたも気をつけていってらっしゃい」
「もちろん」
言いつつ玄関へ向かう。なんならリーベと優子ちゃんもちょうど二階から下りてきていて、どうやら俺を見送ってくれるみたいだ。普段そんなことしないのに、祭のテンションで舞い上がってるな、これは。
サンダルを履いて準備万端。荷物もこれと言ってなし、手ぶらな俺はそのままふらっとどこへでも行ける風来坊スタイルだ。
ドアに手をかけ、俺は見送りに来てくれた二人に向けて告げる。
「じゃ、行ってきます。二人とも、大丈夫だとは思うけど危ないこととかには気をつけてな」
「はーい! 公平さんもお気をつけて、いってらっしゃいませ〜!」
「兄ちゃんこそ気の抜けたドジなんだし、ふらふら歩いて車に撥ねられるとか勘弁してよ?」
「むごい」
気の抜けたドジて。いやそりゃたしかに、探査者になる前ははっきりとそんな感じのドジだったけど、今はさすがにもうちょっと気合の入ったドジですよ? いいのか悪いのかわからないね。
ま、妹ちゃんのいつもの軽口にも適度に応えつつ家を出る。外はまだまだ明るくて、気温もまだまだ下がる気配がない。暑いよなあ〜。まあ俺は平気だけども。
歩き始める。集合場所は公園前の入口で、こないだ梨沙さんや松田くんたちとプールに行った時にも寄ったところだね。俺の家からだとローカル電車を使うまでもなく、徒歩ででも20分ちょっとでたどり着く。
腹空かせがてら、歩きましょうかね。
『ところで公平。その夜祭っての、どんな料理が食べられるんだぃ?』
と、唐突にそんなことを聞いてくるのは脳内住まいのアルマさん。こいつ、食い物の話しかしてこないんだよなあ。
ええと、夜祭か。まあ定番どころで言えばやっぱり、焼きそばにたこ焼き、イカ焼き、りんご飴、綿菓子とかそんなだろうか? あと焼き甘栗だのベビーカステラだの、ああフランクフルトなんてのもあるな。
『へえ? なかなか楽しそうじゃないか……もちろん全部食べるんだろう? それに、たしか今から行く公園の近くにはうどん屋だのファストフード店だのもあったはずだ。そこも行きなよ』
「なんで夜祭行ってそっちのほうに話が行くかね……」
夜祭だって言ってるでしょうがよ。たしかにうどん屋さんとファストフード店さんはあるけど、屋台でしこたま食べたあとにさらにそっちにまで行くのもなあ。
単純に満腹すぎてたぶん、ジュースだけになりそう。そしてそのジュースにしたって屋台で売ってるし。行く気にはならないな。
『えー……いいじゃん因果とかパパッと弄っちゃってさ、どれだけ食べても空腹が収まらないモードとかになっちゃえば』
食欲の魔人になれってか! そんなことで因果律操作なんかするわけないだろ、恐ろしいこと言うよなこいつ!
こと食のこととなると執念深くなるアルマさんにドン引き。こいつ、端末の頃からやたらこだわってたけど、精神だけになってからでもまだこだわるのかよ。
『他に楽しみがないからね。ああいや、そりゃ睡眠だの風呂だの、君が感じる快楽は僕にも伝わるから、そういうのも楽しみだけどさ。食については元から僕自身が持っていた欲求だから、余計にチャンスがあれば追い求めたくなるものなんだよ』
と、アルマが説明してくるのを歩きながらも聞く。
理屈としては理解するけどさあ……だからといって実際、食うのは俺なわけですし。無理に食いたくないのに食うつもりもないわけですし、ねえ。
こっちの事情も考えてよ、とアレコレ説明して理解を求めるものの、この野郎と来たらいやでも食える限りは食ってもらわないと楽しくないし、などと芸人さんに無茶振りするディレクターさんみたいなことを主張してくるばっかりだ。
『ねー食べてよめっちゃ食べてよー。公平のちょっといいとこ見てみたいなー』
「わがまま言うなよ……」
ついつい口にしてしまう。これ、近くに人がいたら薄気味悪い独り言をブツブツつぶやく怪人山形ですね怖ぁ……
ていうかこれ、仮に俺が邪悪なる思念と永遠に地獄をともにすることを選んでいたとしたら。この手の無茶振りに永遠に付き合わなきゃならなかったんだろうか? いやはや、考えるだけでマジで地獄だわ。
何をう!? などといかにも心外そうに叫ぶアルマさんはもはや華麗にスルーして。俺は引き続いて道を歩き続けた。
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