壊れた肝臓の治し方
祝勝会の日以降、探査者としては完全に引退を果たしたこともあってマリーさんはすっかり、余生を楽しみまくるモードになったらしい。
御年83歳にして、関西の様々な県に出向いては観光し、日本の文化や娯楽を堪能し続けているのだとか。
「神谷やらサン・スーンに、たまにソフィアさんを捕まえたりしてねえ、ファファファ! うまいもん食ったりいいもん見たり、好き放題させてもらっとるよ、ファファファ!」
「私も、できればもっと参加したいんですけどね。この立場ではなかなか、それも思うようには叶わず。うふふ、ですから合間を縫って声をかけてくれるマリーちゃんには感謝しきりです」
「そうなんですねー……日本を楽しんでいただいているみたいで、何よりですよ」
陽気に笑う元気の塊なマリーさんと、淑やかに微笑むソフィアさんに俺も笑みを浮かべる。遠方から来てくださったこのお二方や神谷さん、サン・スーンさんが、日本を楽しんでくださってるのならそれに越したことはない。
ソフィアさんに至ってはオフに近い今でもなお、やることが山積みで忙しいみたいだし。それでも暇を見てはマリーさんたちと行動してるっていうのは、なんだかほっこりする話だ。
「そんで今日はこの近辺、湖岸の公園でなんぞ祭りをするそうじゃないかえ? 一昨日、リーベの嬢ちゃんから電話があってね。誘われたからにゃ、行かなきゃ損だろうってんで乗っかったわけさね」
「ありがたいお話で、リーベ様は私とヴァールにもお声がけくださいました。なんでも山形さんが御学友と楽しまれるそうですので、リーベ様も負けじと人を集めて楽しみたいとのことでしたね」
「やっぱり。香苗さんにも声をかけてたみたいですから、どうせそんなことだろうと思いましたよ」
案の定な話極まりない。リーベのやつ、俺が自分を差し置いて夜祭を満喫するつもりなのを聞いて、変な対抗心を燃やしたな。
この手のイベントになると張り切りだすのはあいつらしいけど、それで本当に知り合いみんなに声をかけるってのはすさまじいコミュ力だ。っていうかよく、マリーさんにまで声かけできたな。怖いもの知らずか。
「ファファファ! そして嬢ちゃんに、ヴァールさん同伴で会いに来るよう言われてねえ。今日は昼前から公平ちゃん家にお邪魔してたってわけさ。今はその帰りだね」
「ヴァールを連れて、ですか。ソフィアさんまでお越しになった理由はわかりましたけど……なんであいつ、マリーさんを家に?」
マリーさんと、なぜかヴァール──ソフィアさんじゃなくあっちを名指しってのも変な話だ──をわざわざ呼んだリーベ。
だから今、このお二人が俺の家のほうから歩いてきたってわけか。そこはわかったけど、じゃあそもそもリーベはなんのためにお二方を招いたんだ? 夜祭に一緒に行くっていうんなら、ここにあいつもいなきゃおかしいわけだけど。
首を傾げる俺に、笑みを深めて楽しげに、嬉しげにマリーさんは説明した。
「スキル《医療光粉》で、酒が飲めなくなっちまった肝臓を癒せないか試してみてくれるってさ。そう言われたからにゃ公平ちゃん、たとえソフィアさんでもヴァールさんでも何がなんでも、ふん縛ってでも連れてかなきゃねえ?」
「《医療光粉》で肝臓を? リーベが、そんなことを」
「私の引退への餞と、いつぞやの決戦における礼ってことでね。まったく義理堅い嬢ちゃんだ、普段の言動はあんなだけど、こういう時はヴァールさんみたいな筋の通し方をする子さね、ファファファ!」
豪快に笑う。マリーさんのテンションがやけに高いのはそれでか……たしかこの人、若い頃に信じられない頻度で信じられない量のお酒を飲んだとかで、今じゃもうドクターストップがかけられてるレベルで肝機能を損ねているんだったかな。
もう一生飲めないと諦めていた酒を、また楽しめるかもって期待と希望は、たしかにテンションが上がるに決まってるよなあ。
にしてもリーベめ、この人の引退とこれまでの礼に向け、そんなプレゼントを考えていたのか。にくい真似するねえ、言ってくれれば俺も話に乗っかったのに。
というか、じゃあヴァールを伴って来るように言ったのもそれ絡みってことか。ソフィアさんに尋ねると、彼女もニコリと笑って頷く。
「私とヴァールのほうにも一昨日、誘いの電話を受けた際に相談は持ちかけられたのですけれどね。人格を切り替えて応対しましたが、その後のヴァールからの報告には、マリーちゃんへのせめてもの礼だから乗ろうと思う、とありましたので。私のほうにも断る理由はありませんでしたから」
「なるほど……とはいえ、なんでヴァールを? あいつも持ってるんですか、《医療光粉》みたいな医療系スキル」
てっきり《鎖法》に代表される、超攻撃的なスキルばかりだと思ってたんだけど、違うんだろうか?
そう思っての問いに、しかしソフィアさんは否定を示した。持ってないのか、医療系スキル。
「単純な話、リーベ様のサポートとして呼ばれた形になりますね。さしものリーベ様も、内臓をピンポイントで治療するのは初めてだったそうなので……同じ精霊知能であるヴァールの助言と協力が欲しかったと仰っていました」
「なんでも、塩梅を間違うと治療のしすぎでそれはそれでよくないって話みたいだったよ。そこんとこの話は私にゃてんでわからんかったけど」
「ああ……あの手のスキルは再生能力を促進させるものですからね。やりすぎると暴走しちゃうので、たしかに難しいですね」
二人の説明に納得する。医療系スキルって極めてレアで、それゆえに効果も極めて有用なんだけど……加減を間違うと逆に毒になるんだよね。
生命力を高める効果になるから、促進させすぎると今度は細胞やら体の自壊を招きかねないのだ。そういうところもあり、システム側でも与えるオペレータは厳選していたりする。
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