どんなになっても師とは弟子を愛するもの
彩雲三稜鏡のお披露目を兼ねた初使用。ブレスレットから瞬時にマントへと変容する機能だとか、形を自在に変えてシールドを形成する機能だとか、そもそもモンスターの攻撃をまったく寄せ付けない鉄壁の防御力だとか。
そうした性能の一端を存分に見せつけてからの、《光魔導》による一蹴。C級モンスターなど敵にすらなりえないという、S級探査者の実力を香苗さんはまざまざと見せつけてくれていた。
「ブレスレットからマントに変えるための起動プロセスが、認証システムによるものなのは気に入りませんが……なかなかの性能です。特に私の意志に沿ってシールドを形成してくれるのは助かりますね」
「認証? もしかして、腕を掲げる動作とかですか?」
ざっくりと使用感を述べる香苗さんに質問する。彩雲三稜鏡をマントに変換する際、香苗さんはなんかこう、ポーズを取っていた。
香苗さんにしてはノリノリだなあ、とかちょっと思ったんだけど……そもそもそういうことをしないと機能しないということなんだろうか?
そう思っての問いかけに、彼女は頷いて答えた。
「ええ。メーカーからの仕様書にもきちんと記載されていました。特定の動作によってブレスレットが発光し、そのタイミングで彩雲三稜鏡に起動を命じることでマントに変わるとか。日常生活の中で暴発することがないよう設定された、セーフティも兼ねての認証機能だそうです」
「音声認識と動作認識の多段認証ですか。変にハイテクですね……」
「そのへんは大企業ですからね。A級モンスターの素材をふんだんに使える機会もそうないそうなので、細かなところにも最新技術を使ってみたのだと知り合いは言っていました」
肩をすくめて苦笑い。レアな素材を持ち込んでオーダーメイドを発注したのは青樹さんだけど、それに対してメーカーもかなり、ノリノリで彩雲三稜鏡を開発したみたいだ。
技術者魂ってやつなのかな。A級モンスターの素材を三種類も使って合成繊維を作る機会は少ないみたいだけど、だからここそできることはやっとけ、試せることは試しとけってなったのかもしれないね。
時代の最先端を行く装備。彩雲三稜鏡の漆黒を華麗に纏う香苗さんに、関口くんが興奮して称えだした。
「ある種の試験機なんですね! さすが香苗さん、S級ともなれば使う装備も特別じゃないとですしね!」
「別に装備へのこだわりはありませんが……いいものはいい、それは認めざるを得ません。複雑ですが青樹さんは、素晴らしい贈り物をくれたようです。感謝しなければなりませんね」
確執のある香苗さんですら認めるしかない、といった形で青樹さんへの感謝を述べる。思想面で対立し訣別した元師匠だけれど、それでも受けた恩はたしかにあるわけだからね。
「……それはそうですよ。あの人は、あなたのことを大好きだったんですから。たとえ変わってしまった後でも、なお」
関口くんも、微笑んで青樹さんを語った。真人類優生思想に染まっていても、彼女はたしかに香苗さんの師匠なのだと、言い聞かせるように。
こないだもそうだったけど、彼は師弟の復縁を強く望んでいるんだな。迷い悩んでいた自分を導いてくれたのが青樹さんである以上、たとえ真人類優生思想から脱却しても恩人なことに変わりないってことなんだろう。
彼の想いは香苗さんも察したようだった。軽く息を吐き、しばしの沈黙ののち、こう答える。
「だとしても。その変わってしまった部分こそが私には到底、許容できないのです──戻りなさい、彩雲三稜鏡」
淡々とつぶやきながらの、彩雲三稜鏡への呼びかけ。するとマントが漆黒の粒子に変わり、やがて彼女の腕に纏わりついてブレスレットになった。
なるほど、マントへの展開は動作も併せて音声認識が必要だけど、ブレスレットへの収納は音声認識だけでいいのか。
腕に収まった彩雲三稜鏡を撫でて、香苗さんは気分を切り替えるかのように明るい口調で言う。
「まあ、青樹さんにはいずれ直接お会いしてこの装備に関する感謝は伝えます。それは立場に拠らず、人としての礼儀ですから」
「香苗さん……」
「その時にはダメ元ですが、もう一度説得してみましょう。力あるからと力なき者を下に置くなど、そんな思想はあなたに似合わない、とでもね。聞く耳は持たないでしょうが関口、それが私にできる最後の、元弟子としての彼女への手向けです」
「……ありがとう、ございます」
つまるところ次に会った時が、この師弟関係に本当の決着がつく時だ、と。そう宣言する香苗さんに、関口くんはもはや頭を下げるしかできなかった。
複雑な面持ちで俺に、小声で話しかけてくる。
「なあ、山形……俺はもう、何もできないししちゃいけないんだろうな、きっと」
「……結局、青樹さんと香苗さんの間だけでの問題だからね。その結果を受けて君がどう動くかは自由だけど、決着をつけるっていうんならそこにはもう手出しはできないと、俺は思うよ」
香苗さんの弟子になりたかった彼としては、どうにかして二人の仲を取り持ちたいって想いがあるんだろうけど、さすがにここまで来たら、当人たち以外の出る幕じゃない。
話がどう転ぶにしても、どうなるにしても、考えて決めて動くのは香苗さんであり青樹さんなんだ。それを受けて余人がどう考えてどう動くにせよ、ひとまずこの話はもう、二人だけの話になっちゃってるように俺には思える。
そう言うと、関口くんはどこか意外そうに、けれど納得したように俺の肩を叩いた。
「そうか。そうだな……お前、案外こういうとこはドライなんだな」
「そ、そう?」
「ああ。でもなんか、スッキリしたよ。ありがとう」
そう言って笑う関口くん。
少しは元気が出たみたいでよかったと、俺も微笑んだ。
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