食レポって実は相当難しい仕事だと思う
駅に到着した。改札を出て周りを見ると、道路を跨いだ向こうには湖岸の見える、風光明媚な景色が広がっている。
このへん、普段はあんまり用事もないから正月くらいにしか来ないんだよね。このへんにあるお寺に初詣に行くくらいで、日常ではまったく訪れることのない場所だったりするのだ。
空にお日様は高く座して雲一つなく、大地を熱く照らしている。今日はそれなりに気温も高く、空気が暑い。
こうなるとダンジョン内は涼しいし、早めに入ろうかな? と歩き始めたタイミングで、香苗さんが俺と関口くんに声をかけてきた。
「ダンジョンのすぐ近くにレストランがあります。もうじきお昼ですから、食事をしてから探査をしましょうか」
その言葉にふと、そう言えばそろそろお昼時だなと気づく。あんまり腹は減ってないんだけど、さりとて何も食べないで探査を始めるのもちょっと怖い話だ。
C級ダンジョンもそれなりの規模になってくると、踏破までに数時間かかることも多くなる。そんなわけで最近は携帯食料を持ち歩くこともあるんだけど……今日はそもそも軽くで済ませるつもりだし持ってきてない。
神魔終焉結界の能力で、異空間に取り置きすることも一度考えたけど、そういうことをやりだすと俺のことだし、ゆくゆくはゴミ屋敷さながら、何を出し入れしたかわからなくなりそうなのが怖い。
帳簿をつけるのも面倒だしなあ。誰か手の空いてる精霊知能でも、管理人さんしてくれないかなあ。などとないものねだりをしつつも、俺は香苗さんの提案に頷いた。
「そうですね。腹が減っては戦はできぬって言いますし」
「空腹のままの探査は非効率ですからね。わかりました、香苗さん」
関口くんも続けて頷き、じゃあそういうことでとその喫茶店へ向けて歩き出す。軽く腹拵えして、それからいざ、探査と参ろうか。
というわけで歩くこと10分ほど、車道沿いに進んでいくとお寺の門が見えてきた。近くには土産物屋が数軒並び、奥には旅館だのレストランだの、喫茶店だの駐車場がある。
……と、ダンジョンも発見。奥まったところにある駐車場の一角に、ポッカリと穴が開いてるな。
例によってカラーコーンとバーで仕切られていて、"ダンジョン注意! "などと書かれた立て看板が置かれている。
「あれですね。そこのレストランでお昼を済ませて、それから入りましょうか」
「依頼人への連絡はしておきますよ、香苗さん。山形と二人で先に入っておいてください」
「そうですか? ではお言葉に甘えて。助かります」
「ありがとう、関口くん」
ダンジョン探査前に依頼人さんにアポを取る必要があるわけだけど、そこは関口くんが買って出てくれた。香苗さんと二人、感謝しながら先に店内に入る。
レストランというか、オーソドックスな定食屋って感じの内装。原木のテーブルがいい感じの味を出していて、窓からうちの県ご自慢の湖が見えるのは目にも楽しい。
「いらっしゃいませー! 2名様ですか?」
「後から1人やってきます。3名でおねがいします」
「3名様で! こちらにご案内いたしますー」
やってきた店員さんに、関口くん含めて三人だと伝えて案内を受ける。
店内は混み合っているわけでもないが、閑散としているわけでもない。観光客だろうか何人か座っていて、中には外国の方もいるな。俺の感知に引っかかっていることから、探査者みたいだ。
「モグモグ……うん。この味噌汁……美味しいな。ムグムグ。ご飯の炊き加減もいい……あむあむ。卵も半熟加減が、これは……トンカツによくマッチして……ガツガツ」
お一人様だろう、その外国人の方がやたら流暢な日本語で一人、食レポしながらカツ丼を食べている。
大声ってわけじゃないけどそれなりに周囲に聞こえる、透き通った綺麗な声だ。何やらすごい真剣な様子でじっと料理に向き合い、一口一口を味わうようにして食べているね。
珍しい、水色の髪をしたかわいい系の女の人だ。俺よりちょっと年上、でも宥さんや香苗さんよりは若干幼い感じで、つまり未成年のようだった。
「海外出張か何かでしょうかね」
「最近、外国からの探査者をよく見ますね。アンジェリーナしかりランレイさんしかり、と。メニューです、公平くん」
「あ、どうも」
なんとはなし、香苗さんと喋りながら席につき、広げられたメニューを見る。ずらりと料理名が並ぶけれども、人が美味しそうに食べてるのを見て俺もなんか、カツ丼が食いたくなってきたな。
でも期間限定の冷やし中華とかも魅力的だよなー。どっちにしようか? 腹具合から考えて両方頼むのはきつそうなので、ここは迷いどころだ。
カツ丼に関してはちょうど、食べてる人もいるしなあと水色髪のお姉さんをチラリと見る。その人はやはり相変わらず、普通に周囲に聞こえるほどの声で、食レポをしながらカツ丼を頬張っていた。
「汁が……うん、ご飯にも絡んで……パクパク、美味しい。いいな、久しぶりの日本食は……ズルズル。味噌汁もちょうどいい塩気だ。30年ぶりだけど、美味しくなってる。がぶがぶ」
「…………?」
「30……?」
探査者じゃなくてもそれなりに聞こえてくる声量に、微妙に引っかかる単語を聞き取って香苗さんと二人、首を傾げる。
30年ぶり? 3年の間違いだろうか。そうじゃないとあの人いくつだよってなるし、たぶん3年の言い間違いだろう。きっと。
「……ふう、ごちそうさまでした! いやー、美味しかった! おあいそ、おあいそ。ハッハッハー」
と、その人はカツ丼を食べ終えたみたいだ。やはり独り言を聞こえるように漏らしながら、すぐに立ち上がってそそくさとレジに向かい、お会計をして外に出ていった。
なんか……不思議な感じの人だったな。香苗さんと目を合わせて訝しみつつも、俺たちは再びメニューと向かい合った。
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