100年続いた大ダンジョン時代、何も起きてないはずがなく……
明日、首都に向かうというアンジェさんとランレイさんも巻き込んでひとまず、涼しい部屋の中をゆったり過ごす。
お菓子なんかつまみつつジュースを飲んで、話はダンジョンコア密売組織、サークルについてもっぱら展開していた。
「神奈川とステラの報告を定期的に受けているのだが、サークルという組織はそれなりに大規模のようだ。この一年のうちにあのコンビが倒した構成員の能力者は、すでに10名を超えている」
「10って……多いな。それでも壊滅できてないのか」
「残念ながら。恐らくは現在もなお最低限、その倍は野良オペレータを抱えているものと推測される」
苦々しく呻くヴァール。とんでもないな、元々30人規模で非合法の犯罪能力者が跋扈していたってことか。
その3分の1近くを事実上、一人で倒しきったらしい神奈川さんなる人物も相当だけど、そもそもそんなに探査者登録をしていない能力者が集まってる組織ってのがおかしい。
偶然では片づけにくい違和感。リーベも同じように思ったのか、訝しんで同僚へと尋ねた。
「そんなにたくさん、未登録の能力者がいるんですかー? え、それってどこでもよくあったりするんですかー?」
「まさか。表沙汰になっていないだけかもしれないが、少なくともここまでの事態は今回が初だ」
「基本、どこの国でもスキルを獲得した者には報告と全探組への登録の義務があるものねえ」
「お、怠ると漏れなく罪になるよねアンジェちゃん。こ、こ、怖いね牢屋」
パリパリとスナック菓子を食べながら呑気に嘯くアンジェさんと、相変わらず過去に何があったのか、やたら牢屋にこだわるランレイさんはともかくとして。ヴァールの憮然とした顔つきは、こうした事態が深刻なものであることを物語っている。
そりゃ、WSOの統括理事として100年、大ダンジョン時代を牽引してきた彼女だからな。今になって制度を思い切り蔑ろにしている秘密結社が現れたなんて、めっちゃストレートに喧嘩売られてるようなもんだよなあ。
大きくため息を吐いて、腕組みして悩むような素振りでヴァールは続けた。苦悩の表情で語る。
「WSOや全探組の制度の不備を突かれているのもあるだろうが、それでもこの数はあまりに多く、どうにも不可解だ。というわけでそのへんも含め、この国の警察機構や全探組、および能力者犯罪捜査官の調査チームにもすでに、出張ってもらっている状況だな」
「総出だな……」
「本来探査者として活躍すべき人材を、不当かつ非合法な行為で外道に進ませている何者かがいる可能性さえあるのだ。WSOとしては断固として対応せねばならん案件だ」
事実上、国際レベルの問題として見做しているらしい。ヴァールの険しい顔つきに、俺はなるほどと頷いた。
たしかに、この状況はよろしくない。探査者、つまりオペレータとはダンジョンに潜ってモンスターを倒す存在だ。そのための道筋がWSOであり、全探組なのだ。
そうした今の世界の仕組みを根底から揺るがす、非探査者による犯罪組織の結成。たとえ今は小さな島国の一部地域の話だけだとしても、いずれは世界に波及してしまわない保証もない。
であれば、今の時点で全力で対応する。オペレータが本来の在り方を見失わないようにするために。大ダンジョン時代がよからぬ方向へと、変化してしまわないために。
この時代の仕組みを構築し守護してきたヴァールだからこその、固い決意だった。
「何より。この件、何やらきな臭い感じがする」
「きな臭い……って、何が?」
「なんと言うべきかな。この100年にも渡る大ダンジョン時代の歴史において何度も起きた、似たような事件と同種の匂いがするのだ。懐かしくも忌々しい、嫌な匂いだ」
そう語るヴァールは、ここではないどこか、今ではないいつかを遠く見つめているようだ。
過去に何度も行われてきた、事件? 探査者の歴史についてはあまり詳しくないんだけど、一体何があったんだろうか。
戸惑う俺をよそに、アンジェさんは何やらピンとくるものがあったらしい。
もしかして、とつぶやき、ヴァールに問いかける。
「それって、モンスターハザードのことですか? ヴァールさんやうちのばあちゃんも若い頃、鎮圧に参加したっていう」
「アンジェリーナ……そのとおりだ。過去に7度起きた、モンスターを兵器として用いた事件。マリアベールがメインで戦ったのは4度目、65年前のことだったかな」
「モンスター……」
「ハザード……? モンスターを兵器として利用って、そんな事件があったんですかー!?」
俺もリーベもまったく知らなかったんだけど、人間がモンスターを生物兵器として利用した事件が過去、あったっていうのか? それも、7回も!?
にわかには信じがたい。だって、モンスターなんてどうやって利用するんだ。邪悪なる思念が健在だった頃は、人どころか生命と見るや襲いかかって殺すって勢いのまさしく怪物だったというのに。
『へえーっ。面白いことするもんだねこの世界の人間ってのも』
反面、やたら興味深く感心しきりの脳内はアルマの声。
こいつからしても想定外ってことは、純粋にこちらの世界の人間による行い、なのか?
絶句する俺に、ヴァールはゆっくりと頷き、説明していった。
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