世を忍ぶ仮の姿…にしては妙に目立ってるやつ
いつもどおりの朝食。取り立てて何も特筆すべきことがないからこそ、安心安定の一時だと言えるだろう。
もそもそと白米とおかずを交互に食べる。そのたびにアルマが脳内で何やらうまいだの、もっと食えもっと食えだのと騒がしいけどそこはスルー。朝だしさすがにそんなには食べないよ。まして今日は休日だし。
「ミッチー、S級昇格式で関東のほうに行くんですねー。え、公平さんも行くんですかー?」
「なんでだよ」
新聞を眺めつつリーベが言った。先程まで俺が見ていたのと同じ記事を、やはり読んでいるみたいだ。馴染み深い知り合いの話だもんな、まずはそちらに目が行くよね。
で、それはそれとしてツッコむ。香苗さんの昇格認定式になんで俺がついて行くんだか……香苗さんの知り合い以上の縁がないのに面の皮が厚すぎるだろ、それは。
「俺が行く理由ないし。たしかに香苗さんには普段からお世話になってるけど、それを理由にS級認定式なんて国家レベルのイベントに、お呼ばれするようなもんじゃないだろうし」
「社会的にはたしかに、公平さんはあくまでただのC級探査者ですもんねー……実のところはコマンドプロンプトにしてアドミニストレータですけどー」
「システム領域においてならともかく、人間社会だとなあ」
互いに苦笑い。俺やリーベ、あとヴァールは明確にシステム側の存在なんだけど、人間社会においてはそれぞれ別の身分と立場で生活してるからね。
俺とリーベは新人探査者、ヴァールはWSO統括理事の裏の顔役。いかにシステム領域でコマンドプロンプトだの精霊知能だのと言ったって、人間の世界ではそんなもの一つも通用しないのだ。
でまあ、そんななので俺やリーベが香苗さんの、S級探査者として認定されるようなパーティーにお呼ばれなんてするわけもなく。
香苗さんが首都圏へ向かうだろう8月下旬頃は、彼女抜きで探査とかもするだろうというのが予想された。
「祝宴っていうのが気になりますけどー、私たち下々の探査者には縁遠いですよねー」
「ま、香苗さんがもしかしたら誘ってきてくれるかもしれないけどさ。それはその時になって考えるべきことだし。取らぬ狸の皮算用はアレだしな」
「そーですねー……むむー、でもいずれはリーベちゃんだってアイドルとして、そんな華やかな世界にだって飛び込んでみせますよー!」
「そっか頑張れー。ごちそうさまでしたー」
相変わらずアイドルとして大成する夢に燃える様子のリーベ。なんでもいいけどまずは探査者活動もしっかりやってくれよな。
言いながらもご飯を食べ終える。美味しかった! アルマはまだ物足りなさそうな気配を撒いているけど、もう朝はこのくらいでしといてほしい。食欲ってのにも限度はあるんだから。
『昼はもっと食えよ、それも美味しいやつ! ステーキとかいいぞ!』
理由もないのにそんな豪勢なもん食えるか! 贅沢言うな!
と、脳内で軽く言い合いしながら席を立つ。食器を台所に持っていっては洗い、水切りラックへ。
次いでまた洗面所へ向かい、歯を磨く。さすがに顔を洗ってご飯も食べるとすっかり活動モードだ、何か用事があるわけじゃないけど、眠気なんかは一つもない。
シャカシャカ言わせて歯ブラシを動かす。すると俺の後ろ、洗面所の入り口に気配が二つ。
妹ちゃんとアイだ。どちらも寝ぼけ眼って感じで、あからさまに今起きましたって様子を出している。優子ちゃんに至っては髪もボサボサだ。
「ぁよー……」
「きゅぅ〜……」
「ん、はよ」
寝起きで覚醒しきってない一人と一匹と、歯磨き途中なので口をモゴモゴさせた俺との短い挨拶。
顔を洗いなよーと洗面台を空けると、彼女らはふらふらと寄っていって蛇口を捻った。出てくる水を手で掬い、うがいしたり顔を洗ったりする優子ちゃん。
「ぷぇっ、ぷふっ、ぷふぁー!」
「きゅ〜、きゅう〜っ」
アイに至っては顔と言わず頭から水流を被っている。まあ前足で水を掬うなんてできないしな。
朝シャンじゃないけど朝から水浴びをして、気持ちよさそうに鳴くアイ。優子ちゃんもそれなりに目が覚めてきたか、さっきよりはしゃっきりした様子でタオルで顔を拭う。
次いで新品のタオルで、水浴びを済ませたアイの身体を拭き始めた。
「はいアイちゃーん、拭き拭きしましょうねー」
「きゅうきゅう」
優しく水気を拭き取られ、アイが心地よさそうに目を閉じている。優子ちゃんもなんか母性発揮中というか、優しい顔をしているのでいい感じの光景だ。カメラがあったら一枚撮ってるかも。
そのうちに水気も取れたみたいで、彼女たちは俺に洗面所を明け渡してきた。その顔はもう眠気などなく、いつもどおりって感じの姿だ。
「お待たせ。じゃあご飯食べよっか、アイちゃん」
「きゅ!」
となれば俺同様、まずは空腹を解消しに向かうか。アイを胸に抱いて居間へと行く妹ちゃんを見送って、俺もそろそろ歯磨きは終わりだ。
水を口に含んで何度も濯ぐ。口内の汚れが取り除かれて、歯磨き粉の爽やかなミントの風味が広がる。うーん、身綺麗。
なんとなくいい気分になりながらも、俺はのんびりするべく自室へと戻っていった。
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