まるで蝉みたいな山形
関口くんとおかし三人娘の探査に、香苗さんと同行してから一夜明けた今日、朝。
昨日からなんだか雲行きの怪しかった空はいよいよぐずついてしまって、まだ7時にもなってないのに雨が降り出している。スマホで天気予報を見ると一日降り続けるらしいから、これは本日は家で大人しくしてるのが吉かな。
「というわけでアイ。もうちょっと寝てようか」
「きゅう〜」
休養日にする、と決めた途端に完全に心身がお休みモードに移行し、俺はベッドの中、横たわりつつアイに声をかけた。
抱きまくらよろしく俺の腕の中に収まるミニチュア・ドラゴン。すっかり山形家の一員と化した愛らしいマスコットのアイが、目を閉じてふわふわしたトーンで小さく鳴く。
寝起きで眠いんだろうな。身体を丸めて俺に擦りつく姿がかわいくて、俺もそんなアイを優しく抱きしめて、また目を閉じる。途端、また訪れる眠気。ぐう。
『だらけてるねえ。コマンドプロンプトも、人間の体を持てば人間同然か。たしかに僕も端末を動かしている時、生理現象はあったものな』
訪れた二度寝チャンスを妨害する、脳内に響く声。
アルマだ……トーンだけでもわかるほど呆れた様子で、けれど興味深げにもつぶやいている。人間として欲求に従う俺を、かつて端末に乗り移っていた頃の自分と重ねたか。
あの端末、飯も食えば風呂にも入っていたものな。日を跨いで活動する時、寝てたりもしたのか?
『まあね。あれで結構、あちこちうろついていたから。どこの異世界でもそうだったけど、終わりゆく世界を気ままに旅して食なり文化なりを楽しむのは、結構面白かったよ』
「そして飽きたら喰い尽くす、か……」
『飽きなくてもだ、そこは僕の大前提だからね。それに、滅びゆく世界の空気を肌で感じるってのが、なかなか楽しいんだよなあ』
邪悪かよ。いやまあ邪悪なる思念だけども。
趣味の悪さがヤバすぎるだろこいつ。世界を滅ぼすモノが、滅ぼしつつある世界を見物してうろつくのが楽しいなんてどういう情緒してるんだか。
ていうかこいつ、そういうつもりで探査者ツアーはじめ、折に触れてはこの世に現界して暴食の限りを尽くしていたのか。
『この世界についてはほら、セーフモードがあったからね。堅い護りの中、何やら悪あがきしようとしているのは察していたから、眠りにつきながらたまに観察してたくらいだったけど……君が現れた』
「俺が? ……宥さんに取り憑いたリッチを、浄化した件か」
『そう。あのリッチに力を与えたのは僕だからさ、倒されたことも当然感知した。それで目が覚めて、調査がてら本格的に介入を始めたってわけ』
なるほど。つまるところは俺というアドミニストレータが現れたことを受け、こいつは端末を使って世界に出没し始めたってわけか。
セーフモードによって即時滅亡を免れたとはいえ、八割方システムを押さえられていたこの世界だ。もう勝負は決したものと高を括って眺めていたら反撃の兆候を察したので、好奇と警戒も兼ねて接触を計ってきたんだな。
アルマの端末とのファースト・コンタクトを思い出す。梨沙さんとのデートの帰り、夕暮れ時の町中。
迷子になったと助けを求めてきたのが、邪悪なる思念の端末だったんだよな、たしか。今になって思えば迷子とはまた……ずいぶんな方便だったな。
『自分でも苦しいなとは思ってたよ。親に会いたいってなんだよってね。僕とてワールドプロセッサ、親なんているわけないのに』
「そのへんも含めて不気味だったよ、あの時のお前は。時間帯もあって、異質なモノに遭遇した感がすごかった」
『そう? だったらまあ、そう悪い演技でもなかったんだろうけど』
ちょっと声弾ませるなよ、別に褒めてないんですけど。
こいつの正体や来歴が判明するのがほぼほぼ最終決戦直前だったのもあり、結構長い間、得体の知れない謎の侵略者ってイメージがあったんだよね。
まさか異世界のワールドプロセッサ、つまりはシステムさん相当の存在だなんて思いもしなかった。
なんなら自分がコマンドプロンプトの転生体だってことも知らなかったわけなので、そう考えると俺って割と、核心の部分は何も知らないままアドミニストレータやってたんだな。
全部判明したのは死んだ時だったし、そう考えると儚さを感じなくもない。さながら蝉みたいな。あっ自分を虫に例えるのヤダな怖ぁ……
「きゅー……きゅー……」
「ん、アイは二度寝か……」
『もはや野生の欠片もないね、そいつ』
俺の胸元、すっかり夢の世界に入った様子のアイが、呼吸するたび小さな体を揺らしている。すごい気持ちよさそうに二度寝してるな、この子。
呆れたようにアルマがつぶやくんだけど、元々がお前の身体の一部から生まれた存在なんだし、野生もへったくれもないだろうに。
『知らないね、ペットに成り下がったそんなやつ。それより君、すっかり目が覚めたんじゃないか? 朝ごはん食べに行きなよ、なんか食べたいよ僕』
「…………お前、朝飯目当てに二度寝妨害かよ」
『寝ててもつまらないからね。今の僕には食欲も何もあったもんじゃないけど、君の味覚をとおして味わう料理の刺激は病みつきになる。魂だけになったモノの、唯一の楽しみだよ』
いけしゃあしゃあとのたまうよなあ。
こいつやけに喋るな、と変に思っていたらこれだよ。思惑にハマってしまい、すっかり眠気なんてなくなってしまった。
仕方ない、それなら朝ごはんといきますか。
アイを枕に寄り添わせて、優しくその頭を撫でてから、俺は起床した。
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