チャートはちゃーんと練りましょう
チョコさん、アメさん、ガムちゃんがそれぞれ通路から部屋を覗き込む。その後ろから俺と香苗さん、関口くんも並んで遠巻きに、内部のモンスターを確認していた。
部屋の中にはゴブリンが5体。何やら木の枝を持ち、地面にあれこれ落書きして遊んでいる。暇か。暇なんだろうな。
「数はいるね、やりがいがあるや! よーし早速、先手必勝! ──って、そうじゃなかった」
「あなたのその貪欲なまでの突進癖はなんなのですか? 一体……」
相変わらず敵と見るやすぐさま目の色を変えるチョコさん。また一人、先走って突っ込むつもりかと不安になったが、さすがにさっきの今でそんな真似はしないだけの理性はあったらしい。思い留まってガムちゃんのほうを見ている。
それでも香苗さん的には、そもそも目の色を変えた時点でドン引きものだったみたいだ。怪訝そうな顔で、思わずチョコさんにつぶやく。
恥ずかしそうに笑いながら、彼女は端的に答えた。
「ええと、その……実は私、ダンジョン探査RTA走者に憧れてまして。そのせいでついつい、せっかちになりがちなんです」
「RTA……ああ、《俊足》を持っていましたね。まさかそれをきっかけに?」
「はい! 尊敬する探査者さんはA級トップランナー、リアリスティー・トップスピードさんです!」
誰? って思ったけど話の流れから察するに、ダンジョン探査RTAの第一人者とかそんな感じの探査者さんだろう。トップランカーならぬトップランナーだっていうものな。
にしてもすごい名前だな、リアリスティー・トップスピードって。
しかしそうか、RTA界隈志望の探査者か……そう考えるとあの突撃っぷりも納得がいく、のか?
微妙に悩む俺を横目に、香苗さんはため息を吐いた。頭痛を抑えるように、こめかみを指で解す仕草とともにチョコさんを諭す。
「あの界隈に憧れるのも、トップランナーであるリアリスティー・トップスピード……と、自分で勝手に名乗っている本名リスティ・セーデルグレンを尊敬するのも、そこは別にいいとは思いますが」
「あ、自称なんですねその名前」
「海外に出張した際、一方的に絡まれたことがあります。トップランナーとトップランカーということで、変に親しみを抱いたようですね」
遠い目をする香苗さん。そのトップランナー、セーデルグレンさんとやらにも何やら縁があるみたいだ。
本当にこの人、顔が広いな……平然と海外出張とか言ってるし。以前もマリーさんや鈴山さんと海外で、S級モンスターと戦ったとか言ってたしね。
俺もそのうち海外とか行くことになるんだろうか? ビザとかパスポートとか持ってないんだけど、申請しといたほうがいいのかな?
などと考え込むうち、香苗さんはそれはさておき、とチョコさんに続けた。
「ああいうタイムアタックを行う人たちは、事前に入念な調査とパーティメンバーとの打ち合わせ、段取りを組んだ上で行っているのです。あえて厳しい言い方をしますが、あなたのように一人で勝手な動きをし、闇雲に敵に襲いかかることなど誰一人としてしません」
「う……」
「……あなたはまだ新人、自分のスタイルを決めるには早すぎる。まずは基本的な探査者としての動きを身につけ、そこから目指す方向へと向かうべきです。大丈夫、人生にはそのくらいの時間はありますよ」
「は、はい! ご指導、ありがとうございます!」
少し手厳しめの言葉だが、最後には優しく声をかけた香苗さんの言葉を、チョコさんは素直に受け止めたみたいだ。小さく頷いて、深く頭を下げる。
憧れが先に立って、いわゆる物真似とか見様見真似でRTAっぽい動きをしようとしていたんだな。けれど香苗さんの言うようにああいう界隈の人たちだってプロの探査者として、本気でダンジョンに挑んでいるんだ。
入念な事前準備など当たり前で、すべてが計画ずくのタイムアタックを行うのが当然の世界なんだろう。そのへん、アスリート性がある気もする。
そんな人たちを目指すにはまだまだ、今のチョコさんは早い。もっと基礎を作り、探査者としてスタンダードな動きができてそこから、彼女なりに憧れを目指すべきだ……と、香苗さんはそう言いたいのだろう。
探査者として何一つスタンダードじゃないっていうか、厳密に言えばオペレータですらない俺には縁遠い悩みではあるけれど、言っていることは正しいように思える。
だからチョコさんも指導を素直に受け入れ、あまつさえ感謝を示したんだろうね。
「……まずは、一人前にならなきゃ! よし、切り替えていこう! ガムちゃん、私たちはどう動けばいい?」
「私はともかくサラちゃんは頼りになるわよ〜!」
『くきゃ、くきゃー! くきゃ!』
指摘されて落ち込むことなく、すぐに前向きになれるのはチョコさんの素晴らしい長所だと強く思う。いつだって歩みを止めない彼女は、きっとすぐに憧れにだって手を伸ばしていけるはずだ。そんな気がする。
力強く指示を求める彼女に、アメさんも応じた。召喚しているサラマンダーが、アメさんに擦り寄りながらも気合十分! といった感じに背中の炎を燃やしているな。
かなり懐いている……やっぱり、彼女の概念存在との相性はかなりいいみたいだ。おっとりした性格か色気のある雰囲気か知らないけど、魅力的な女性だからな。
順当にレベルを上げていけば、称号効果どおりに神々を呼び出すことすらできるかもしれない。さてその時には誰が来るのやら。
「……よし。じゃあ、今から言うとおりに動いて、二人とも」
そしてガムちゃんが口火を切る。
おかし三人娘の、新たな戦いだな。
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