かくして勇者は墜落した
苦しげにつぶやく関口くん。誰のために、なんのために戦うのか……彼の悩みの本質が、そこに示されていた。
先頭を行く3人には、こんな話を聞かせるわけにはいかないのだろう。努めて聞こえないように声を潜めながら、彼は続けて心情を吐露する。
「スキルに覚醒する者はみな、探査者として活動しなければならない。モンスターとの命がけのバトルが待ち受ける、ダンジョン探査に駆り出されるんだ……人々のために」
「…………」
「人々の生活を護るために、俺たち探査者は人生まるごと使い潰されている。見たことも聞いたこともない連中のためにダンジョンなんてものに向かい、死物狂いの戦いをしなくちゃならない。まるで奴隷じゃないか」
奴隷と自らを、あるいは探査者そのものを貶める彼の表情は、苛立ちに満ちている。
オペレータの使命、ダンジョン探査者の社会的な立場と役割について、心底から不信と疑念を抱いているように俺には見えた。
大ダンジョン時代という大きな社会全体において、探査者の立ち位置は非常に重要でかつ、独特だ。
毎日無数に湧くダンジョンは人々の生活を容易に破壊し、場合によってはモンスターが外界に出るなどして、命に関わる惨事をも引き起こす可能性さえある。
そうした事態に対抗できるのが、ダンジョンに潜りモンスターと戦う力を得た通称探査者たちだ。
与えられたスキルやレベル、称号を手に人々を守る戦いに従事する者たちの存在は、間違いなく今の社会を象徴する存在であり、ある種特別扱いされがちな界隈であることは事実といえよう。
けれど、そんな探査者の存在や役割について疑問を抱く人たちも当然、少ないながらもいる。
反探査者界隈であったり、あるいは真人類優生思想界隈であったり……今の関口くんのようでもあったり。
既存の探査者の在り様に対して、不満を持つ者もたしかに、いるのだ。
「探査者として活動をするうちに、俺は次第にそう考えるようになった。探査者は特権階級的な存在だけど、やってることは虱潰しの駆除業務だ。そんなことを、どうして神がかった力を手にしたものがやらなきゃいけない」
「順序が逆だよ、関口くん。ダンジョンを踏破するために、俺たちにはスキルが与えられたんだ」
「本当か? もっと他にスキルも称号も、使い道があるんじゃないのか? 自分の人生を、より裕福で満たされたものにするために、この力を使ったっていいんじゃないのか?」
その問いは、俺にとっては難しい問題だった。
コマンドプロンプトとしては一言、"それら能力はあくまでモンスターを輪廻に受け入れるためのものでしかない"と言ってしまえる。そもそも用意した側のモノなのだから、オペレータの都合や欲望などはっきり言えば知ったことではない。
そう、切り捨ててしまえる。
だけど人間・山形公平としては話が別だ。関口くんの想いは、願いは、安易に否定していいものではないと思う。
人は誰しも、自らの生をよりよいものにするために努力する権利がある。無論、それは他者の権利や想いを踏み躙ってまで追求してはいけないものだけど……そうでない限り、自分の持つあらゆる要素を駆使して、豊かな実りある命を謳歌していいんだ。
それを思うと、せっかく手にしたオペレータとしての能力をなぜ、自らの人生を豊かにするべく使ってはいけないのかという彼の疑問を、一概にそういうものだからと切り捨てることはできない。したくない。
ただ言えるのは、彼のみならず真人類優生思想の場合はその豊かな人生ってのが、非探査者を支配し踏み躙ることで成し遂げられるものである場合が多いという点であり。
そうした主張についてだけは、俺は断固として認めるわけにはいかないってことくらいだろうか。
関口くんはそして、続けて言った。
「そう悩んでいた時に、青樹さんが俺に言ってくれたんだ。選ばれた俺たちは新たなる人類なんだって」
「……真人類優生思想」
「選ばれた俺たちが、他人のために生きる必要なんてない。むしろ逆だ、力ない者たちこそが俺たちに跪き、頭を垂れて、支配されるべきなんだ。その見返りにダンジョンから護ってやる、そういう関係であるべきだ……そう言われて、俺はなんだか腑に落ちたんだ。探査者は今、不当な扱いを受けている。俺たち探査者はもっと、人々の上に立つべきだってな」
自身の人生と、探査者としての義務と。天秤にかけて煩悶する関口くんに、そんなタイミングで青樹さんの誘惑があったのか。
あなたたちを護るから、あなたたちは私たちに跪いて従いなさい──それは事実上の上下関係の構築だ。探査者を上位存在として、非探査者を下等に据える。庇護といえば聞こえはいいかもしれないが、真人類優生思想にあるのは紛れもなく支配と屈服への意欲だ。
迷っていた当時の彼に、青樹さんのそうした誘いはさぞかし魅力的だったろう。
結果として関口くんは真人類優生思想に傾倒した。自負心やプライド、不当に思える探査者の立場をすべて織り交ぜての鬱屈した感情のまま、他者を見下すことを選んだのだ。
それが、関口久志という探査者だった。
「だけど、今は少し違う。あの探査者ツアーで、俺は変わった気がするんだ──」
「部屋、見えてきたよみんな!」
話し込む中でチョコさんの声が響く。見れば通路の先、部屋が見えてきて、なんならモンスターの姿も見える。
気になるところで遮られ、肩をすくめる関口くん。どうやら続きは今、目の前にいる三人娘の連携を見定めてからのようだった。
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