強いとか弱いとかじゃなく根本的に虫だけは無理!
見えてきた次の部屋、入り口のすぐ手前で一旦止まる。静かに覗き込むとモンスターが2体いて、いずれも人間サイズの芋虫という地獄のような見た目をしている。
その名もストレートにビッグワーム。図体と見た目のグロテスクさの割に害はなく、なんならレベル1の探査者が適当に蹴りつけるだけで倒せてしまうという、スライムより弱いとされる最下級モンスターだ。
「き、キモっ!? え、いやマジムリ何あれほんとムリもう帰る!」
「わかる」
下手すると探査者じゃなくても楽に倒せてしまいそうなそんなビッグワームだが、ガムちゃんにとっては発狂ものの姿のようだった。全身が総毛立ったかのように自分の身体をかき抱いて、蠢くモンスターから視線を逸している。
そんな彼女に俺は思わず、わかるよ……とつぶやいた。俺も初めて見た時にはゾッとしたし、なんなら血の気が引いてその場で失神しかけた。その時は傍にいた香苗さんに介抱されたわけだけど、一人だったらしばらく卒倒していたかもしれないほどだ。
そもそも昆虫全般がダメなんだよね、俺。蟻ですら不意に見つけると固まる苦手っぷりで、家族からもからかわれることが多い。
コマンドプロンプトとして覚醒した今はさすがに、ある程度耐性がついてるっていうか、スイッチを切り替えればもっとえげつない虫系モンスターにだって顔色一つ変えないで対応できるけど。それでも山形公平としての部分は変わらず、昆虫ってだけで身が竦む思いなのは間違いなかった。
「わかる、ほんと……虫、マジ、無理」
「え……山形パイセンも、もしかして虫が……?」
「仕事だから逃げてないだけで、仕事じゃなかったら逃げてる」
「光るわビーム打つわ好き放題やらかすやつがなんで、ビッグワームごとき相手に片言気味になってるんだ……」
呆れたように関口くんが言うけど、こればっかりは生理的なものなんだから仕方ないよ。大体光ったりビーム打ったりが虫となんの関係があるって言うのか、甚だ疑問ですね僕には。
無理解な彼とは裏腹に、ガムちゃんはうんうんと何度も頷いて俺のほうによって来ている。同じ虫嫌いということで共感を抱いたんだろう。俺もだよ、まるで同志を得た気分だ。
だからそんな同志を盾にして、さり気なく身を隠さないでいただきたい。君と同じだって言ってるんだから壁にしないで。
「パイセン、あとはよろしくおねがいします」
「俺じゃなくて香苗さんがよろしくやるからちゃんと見学しなよ後輩」
「パイセンこそ、いつも一緒のパートナーが活躍するんですから、特等席でご覧になったらいいんですよ」
「普通に並んで見ればいいじゃんガムちゃんも!」
「私虫嫌いなので!」
「俺もですけど!」
一気に打ち解けた感じがするのは嬉しいけれど、とにかく虫が苦手な俺を盾にするのは認めない。ほら前に出てちゃんと見なさい! とばかりにガムちゃんを横に立たせると、青い顔をしつつも渋々、彼女は俺と並んだ。
その様子にくすり、と香苗さんが笑う。
「まるで兄妹みたいになりましたね。ともあれ、公平くんも仰られたとおりアレに関しては私が受け持ちます……ですが新潟さん」
「は、はい!」
「たとえ苦手な形をしているモンスターでも、いずれは立ち向かわないといけない時が来ます。今ではないいつか、ここではないどこかで。そのことはぜひ、心に留めておいてほしいですね」
「う……わ、わかりました。覚悟、しときます」
S級探査者として新米に送る、心構えにおけるレクチャー。俺もそうなんだけど、嫌いな虫が出てきたからってダンジョンから逃げるわけにはいかないんだよね。
仕事なんだから、好き嫌いや得手不得手で選り好みはできない。どんな職についている人もそうだろうし、探査者も例外じゃないってことだ。
俺も、お仕事スイッチをオンにして初めて虫系モンスター相手にも戦えるからね。そんなだから、ガムちゃんへの香苗さんのお言葉は決して他人事ではない。
顔色をやはり悪くしながら頷く、少女の姿を神妙な気持ちで見る。頑張ろう、お互いに。俺たちは仲間だ、虫嫌いの仲間なんだ。
そう、内心でエールを送った。
「さて……それでは始める前に少し、私のステータスをお見せしておきましょうか」
そして香苗さんがそう言って、ステータスメモを一枚提示する。言うまでもなく彼女の現在のステータスが記載されているものだ。
懐かしい、といえば懐かしいのか。一度だけ、探査者になってすぐに見せてもらったな。どれどれ? と、みんなと一緒に覗き込む。
名前 御堂香苗 レベル814
称号 霊体殺し
スキル
名称 光魔導
名称 暗殺術
名称 気配感知
名称 遠視
名称 環境適応
名称 頑健
名称 強運
春先に見たのと同じスキル構成、称号。違うのはレベルが上がってるくらいかな? たしか当時は700いくかいかないかくらいだったと記憶している。
ていうか、最終決戦スキル《究極結界封印術》については記載してないんだよね、このメモ。まあ当たり前というべきか、記載したところで仕方ないスキルだもんな。
もっと言うと《奇跡》も書いてないけど……あれに至っては一度きりの発動をもって消滅するスキルだし、すでに香苗さんも持っていないんだろう。
そもそも持っていたこと自体が不可解なんだけどねー、と改めて思っていると、彼女はみんながメモを読んだのを確認した上で切り出した。
「私のメイン戦術は《光魔導》による広範囲殲滅ですが、今回はあえてサブで用意している戦術、《暗殺術》を用いた戦い方をご覧に入れましょう。公平くんにも初めて見せるスタイルですね、これは」
「サブ戦術……暗殺!?」
意外なことを言い出した彼女に、俺は思わず声を上げる。
《光魔導》じゃないのか。暗殺術を使うなんて、たしかに見たことがない。
俺を見て微笑む香苗さんに、俺は戸惑うばかりだった。
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