いっけぇー!ハイテクおばちゃん!
真人類優生思想を巡る、香苗さんの過去を聞いているうちに準備が整ったみたいだ。高い機械音の後、受付の職員さんが声をかけてきた。
「お待たせいたしました1番の方ー、右手のブース、1番にお進みください」
「さて、行きましょうか。そんな経緯もあって絶縁状態にあった青樹さんが、今になって渡してきたこれは一体なんなのか。たしかめなければなりません」
「ですね」
あるいは本当に他意なく、元弟子がS級へと至ったことへの祝いとして渡してきた可能性もあるとは思う。ただ、そう思うにはその青樹さんの行いが行いなので、信じられない部分もたしかにある。
何しろ関口くんをアッチ方面に誘導して結果、香苗さんとも物別れになったような曰くしかない人だものなあ。どういう性格の人なのかは定かじゃないけど、話を聞く限りでは安易に信じるのはちょっと、怖いよね。
とりあえず布の正体がわかれば、青樹さんの真意もわかるかもしれない。そう望みを抱いて俺たちは、案内を受けて1番ブースへと向かった。
パーテーションで仕切られたブースに四人がけのテーブルが一つ。椅子は向かい合って2つずつの計4人、座れるようになっている空間だ。
そこにはすでに一人、母ちゃんくらいの歳の人が座っている。ノートパソコンを広げ、こちらを向いて気さくに会釈してきた。
「はいはいはいどうもよく来たねえ。さあさ、お座りなすって」
「あ、はい。失礼します」
「失礼します」
なんていうか、近所のおばちゃん的なノリだ。呆気にとられつつも俺と香苗さんは言われるがまま、席につく。
この人が、鑑定士さん? 向かい合う女性に思わず目を白黒させていると、彼女は姿勢を正してやはり、気楽そうに名乗りをあげた。
「今日は来てくれてありがとねえ。B級探査者で鑑定士資格1級の園山だよ。よろしくねえ」
「あ、ど、どうも。ええとC級の山形です」
「S級探査者の御堂です。依頼は私からのものになりますね。今日はよろしくおねがいします」
「御堂さんに、山形さん……お二人とも有名人さんだねえ! そんな人たちの鑑定を受け持てるなんて、光栄だねえ〜!」
おばちゃん、もとい鑑定士の園山さんは頬を上気させて快活に笑う。香苗さんはもちろん、どうやら俺のこともご存知のようだ。たぶん例のチャンネル由来なんだろうな、そうなんだろうな。
しかし、鑑定士資格1級ときたか……どのくらいすごいのかわからないけど、B級探査者でもあるんだから結構な腕をしてらっしゃるんだろう。見た目と言動はまさしくご近所のマダムな分、ギャップがかなりあるね。
そんな園山さんの前、テーブルの上に香苗さんは黒い布を置いた。さっそくとばかりに鑑定士さんへと告げる。
「見てもらいたいものはこちらになります。とある探査者からいただいたものなのですが、仔細が知れません。モンスターの素材を使っている可能性もありますので、今回ここを訪ねました」
「なるほどねえ。それじゃあさっそく鑑定を始めるよ、ちょいと拝借……と」
ざっくりと入手経路とここに持ち込んだ理由を話すと、園山さんはおもむろにルーペを取り出し、布を具に観察し始めた。鑑定開始だな。
先程までの陽気が一気に消え、プロとしての厳格な表情で布を検めていく。すごい豹変ぶりだ怖ぁ……
思わず息を呑む。
「質感、色合い、そして硬度……たしかにこれはモンスターの素材だねえ。それもいくつかの素材を組み合わせてる、モンスター合成繊維だねえ」
「く、組み合わせるって、素材を? そんなことできるんですか?」
「ナイロンとかプラスチックみたいな化学製品と似たようなもんだねえ。混ぜたり溶かしたりなんやかんやして、人工的に作り出すわけだねえ」
なるほど。園山さんの解説に納得する。
科学の力で素材を加工するってのは前からある話だけど、複数の素材を合成やらであれこれして、まったく新しい素材にしてしまうってのは目からウロコだ。既存の技術を水平展開したわけなんだろうけど、やってしまえるのがまずすごい話だよ。
もっというと軽く触って見ただけでそこまで見抜くこの人も相当だ。こりゃすごい鑑定士さんだぞ……
園山さんは続けて、ふうむと呻きつつ言った。
「もっともモンスター素材を使った化学合成はまだまだ開発中の技術だから、オーダーメイド品でもないと世に出回ることはほとんどないんだけどねえ。一体これを渡してきた探査者さんってのは、どこから仕入れてきたんだろうねえ?」
「さて、そこはなんとも。いきなり現れてポンと渡してきたものですから。盗品と言われてもおかしくはないですね」
「そうだねえ……と?」
話の途中、ふと何かに気づいて布を手に取る。園山さんはやがて、裏地らしい布の継ぎ目にある、タグをつまんでいた。
そこには何やら書いてある。洗剤方法に、何かのナンバー?
園山さんがふむ、と呟く。
「登録タグつきじゃないか。これならわかるね、いろいろと」
「登録タグ……?」
「モンスターの素材でできたアイテムには必ずつけられるタグだねえ。ここに書かれているナンバーがWSOの鑑定士用データベースに登録されていて、詳細なスペックなんかも記載されているんだねえ」
「そんなシステムなんですか……!」
なんとまあ、ハイテクというか細かいというか。
おそらく盗難や紛失時の対策用でもあるんだろうけど、膨大な量だろうに一律で登録してあるとか、すごい時代だよ。
「そいじゃまあ、データベースでちょちょいっと検索かけて、見ますかねえ」
軽快にキーボードを叩く園山さん。
謎の布の正体が、もうじきにわかろうとしていた。
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