弟子が弟子なら師匠も師匠
組合本部ビルは3階、エレベーターを出てすぐ右手に鑑定士の詰所はある。受付カウンターがあり、待合席があり、そして実際に鑑定士にものを見てもらうための鑑定室がありということでこの階層の半分近くを占めるスペースだ。
今の時間帯は特に混んでいる様子でもなく、受付の職員さんたちも暇そうにしている。好都合とばかりに香苗さんはマントを携え、カウンターの一角に訪ねていった。
「すみません。装備鑑定を願えますか」
「あ、はい。わかりました。それでは鑑定士に準備いただきますので、整うまではこちらの整理券を持って待合席でお待ち下さい」
「ありがとうございます」
朝一に来たもんだから若干、職員さんも反応が遅れ気味だ。それでもサクッと手続きをこなして準備に入ったのはさすがに手慣れてる感じがあるね。
さて、ひとまずは待機だ。ソファに横並んで座る俺と香苗さんに向け、関口くんとおかし三人娘は立ったまま告げてきた。
「ん……ここまでついてきてなんですけど、こんな大人数で待っても仕方ないですね。今のうちに俺たちはいくつか探査依頼を見繕ってきますよ、香苗さん。また、談話室ででも落ち合いましょうか」
「そうですね。私のほうもそこまで時間はかからないと思いますので、それでお願いします」
「よろしくね、関口くん」
「おう。じゃあ行こうか、3人とも」
各自空いた時間にできることを、ということで4人は1階へと降りていく。残った俺と香苗さんで、今しばらく鑑定士さんからの呼び出しを待つ。
その間、香苗さんがポツリと呟いた。
「……大分まともになりましたね、関口も」
「え。あ、ああ……まあ、春先とは全然違いますよね、感じ」
唐突ながら、地味に俺も思っていたところだ。関口くん、すごく取っつきやすくなったよね。
彼も真人類優生思想に染まっているし、その上ぽっと出の俺に慕う香苗さんが執着しているもんだから。春先なんてもう、何かあったら嫌味と罵詈雑言みたいな具合だったもんなあ。
俺のほうもついつい、そんなんなら残念だけど仲よくならなくていいよってな感じで応対しちゃってたわけなんだけれど……やっぱりドラゴン騒ぎの一件がターニングポイントだったね。
あそこでお互いに和解したことで、友人とは言い難いけど知人、あるいは普通のクラスメイトであり同年代の探査者としてお互いにやり取りができるようにはなっていると思う。
「仲がいいわけじゃないけど、悪いわけでもない。軽口を叩きあう感じでもないけど、無視しあうわけでもない。なんか、結構適切な距離感かなって思いますね、今の俺と彼は」
「元より公平くんのほうに非などありはしませんでしたが、険悪な関係が改善されたのは素直に喜ばしいことです。一々やっかんでちょっかいばかり出されても、面倒ですからね」
「あ、あはは」
香苗さんのドライな物言い。ぶっちゃけ俺から見れば、今となっては香苗さんと関口くんの関係のほうがよっぽど険悪な気もしている。
彼女は俺に出会うずっと前から、その手の優生思想に対して嫌悪を抱いていたみたいだから、関口くんがそういうのに染まっちゃったことが、もしかしたら許せないのかもしれない。
「……私の師匠、青樹佐智も真人類優生思想に染まっているというのは先程、説明したと思います」
「そうですね。それが原因で、香苗さんはその方と袂を分かつことになったと」
「はい。ですがそもそも、あの人がいつの間にかそうなってしまっていたことに私が気づいたのは……関口が彼女に染められてしまったのがきっかけなんですよ」
「え……!?」
まさかの真実。ってことは関口くんがあんな思想を抱くようになったのって、香苗さんの元師匠である青樹さんが吹き込んだのがきっかけっていうのか?
当時を振り返っているのか、苦々しい顔で香苗さんは続ける。
「一年半前。すでに独り立ちしていた関口について、よからぬ噂を耳にしました。彼が優生思想に染まり、方々で探査者こそが新たなる支配者層となるべきなどと妄言を吹いていると」
「そんなことしてたんですか、関口くん……」
「すぐさま彼に接触し、私は愕然としました。新人の頃、探査者としてそれなりに理想を抱いていた姿は面影すらなく。傲慢な顔、増長しきった目つきばかりがそこにはあったのですから」
それは、どんな気持ちだったんだろう。
短い間ながらも指導した新人が、その頃には理想に燃えていた後輩がいつの間にか歪み、自らを支配者と思い込んで他者を見下すようになっていたのだ。俺には想像もつかない光景だ。
深いため息とともに、香苗さんは続けて言った。
「彼に優生思想を植え付けた輩は何者か。それを調査する必要がありました。もし関口をはじめ独り立ちしたばかりの新米探査者をターゲットにして、そのような恐ろしい思想に勧誘、あるいは誘導まで行っているものがいるとすれば、絶対に止めなければなりませんから」
「それで、元師匠さんが?」
「結論から言えば、そうなります。そして私は彼女と訣別し、師弟関係は解消されたわけですね」
肩をすくめる仕草も、どこか物悲しい。
それもそうだろう。一度は師と仰いだ人が優生思想に陥り、しかも自分の知人をも引きずり込んでしまったのだ。
最終的に物別れに終わったことも含め、今は淡々と話しているけれど……きっと、当時はすごくショックだったんだろうな。香苗さんの横顔を、じっと見つめる俺だった。
ブックマーク登録と評価の方よろしくおねがいします
書籍1巻発売中です。電子書籍も併せてよろしくおねがいします。
Twitterではただいま #スキルがポエミー で感想ツイート募集中だったりします。気が向かれましたらよろしくおねがいします