御堂も人の子、親もいれば師匠もいた
ガムちゃんとあれこれ話しているうちに、次いで関口くんがやってきた。そこから間もなくチョコさんとアメさんも合流し、残るは香苗さんを待つばかりとなっている。
今日は家から一緒だったわけでなく現地集合なんだけど、それでも珍しい話だ……大概の場合、俺より先に来てるイメージがあるんだけどな、あの人。
「何かあったのかな? 困ってる人を助けてるとか」
「香苗さんのことだしありそうだが、まだ集合時間まで何分かあるだろ。直に来ると思うぞ」
なんだかんだでいつも俺のそばにいる人だ、いないと変にソワソワするなあ。そんな落ち着きのない俺を、関口くんがため息混じりに嗜める。
……と、ちょうどそんな時だ。噂をすれば影がさすというが本当にそのとおりで、香苗さんが談話室に入ってきたのだ。
「ほらな」
「さっすがー」
ドヤ顔な関口くんを適度に褒め称えつつ、こちらに向かってくる彼女を見る。いつものスーツ姿に、なんだ? 黒い布を抱えている。
あれは……マント、か? 戸惑う俺に、同じく戸惑いを隠せない様子で香苗さんは挨拶してきた。
「お待たせしました公平くん、そしてみなさん。もう少し早く来るはずだったのですが、道中で思わぬ遭遇がありまして。あ、結界もとい服が直ったのですね。相変わらず素敵ですよ」
「あ、どうもありがとうございます。いや、っていうか思わぬ遭遇って、その布が関係してたり?」
いつもと違う様子でも、いつもと同じように俺を褒めてくるのはいいんだか悪いんだか。ともかくと俺が尋ねると香苗さんはこくんと頷いた。どうやら意図して持ってきたものではないらしい。
とりあえず一同、席に座って落ち着く。俺の向かいで彼女は、テーブルにマントを置いて話し始めた。
「まったく予想外の再会でした。隣県で活動している彼女がまさか、こんなものを渡すためだけに私に接触を図ろうとは……」
「彼女? お知り合いですか?」
「ええ、まあ……その、いわゆる師匠的な存在です。元ですが」
困惑も顕にしつつ、明かされるその人。香苗さんの元師匠?
そういえばいつだったかに言ってたな、自分にも師匠にあたる人がいた、と。その時はへー、香苗さんにもそんな人いたんだーくらいにしか思わなかったけど、近くまで来てたんだな。
しかし、元師匠との再会ならもう少し嬉しそうにとか、楽しそうにしてもいいと思うんだけど。
むしろ裏腹の、嫌悪感すら覗かせる姿は解せない。何やら事情があるみたいだ。チョコさんが口を開いた。
「その人とあまり、仲がよくないんですか? あっ、不躾だったらごめんなさい! なんだか、嬉しそうには見えないので……」
「いえ、構いません。そのとおり、私はかつての師匠を嫌悪しています。軽蔑していると言ってもいい」
「け、軽蔑……」
香苗さんにしてはかなり、敵対的な感情をその師匠に抱いているみたいだな。思わぬ言葉に一同、若干の緊張が走る。
この人がここまで嫌悪を剥き出しにするってなかなかないぞ。それこそ春先の、関口くんに対してきつい口調で接していたような感じだ。
あの時はそう、たしか優生思想とか俺への見下しに怒っていたけれど。そこから考えると、その元師匠さんという方も?
直感的にピンときて、おずおずと俺は尋ねた。
「もしかして、真人類優生思想に?」
「……さすがの察しのよさですね、公平くん」
どこか儚げに微笑んで、香苗さんは俺の推測を肯定した。
真人類優生思想──探査者を既存の人間より優れた新たな人類として定義し、支配者層に君臨すべきと考える思想。大ダンジョン時代においてはあらゆる点で忌避される思想でありながら、一部の探査者たちから根強い支持を集めている、そんな思想だ。
誰あろう関口くんもその思想を持っていて、だからこそ俺を見下したり、香苗さんに嫌悪されたり、梨沙さんに嫌われたりしている。
複雑そうに顔を歪める彼。構わず、続けて香苗さんが口を開いた。
「私に探査者のいろはを授けた師匠、名を青樹佐智と言いますが……彼女はいつ頃からかあの下らない思想に染まり、あまつさえ周囲の探査者をもそれに染め上げようと目論んでいた」
「………青樹さん」
「そのことに気づいた私は1年半ほど前、彼女と袂を分かちました。探査者だからと驕り高ぶり、力を持たない人々を見下し支配せんとする思想など絶対に間違っている。そう信じたからです」
「香苗さん……そうですね。俺もそう思います」
思うっていうか、事実そのとおりなんだけどね。師匠さんの名前をつぶやいてなぜか俯く関口くんの隣で、俺は頷く。
探査者、いやオペレータが存在する理由は単に大ダンジョン時代において、ダンジョンを探査しモンスターを討伐するその一点だけだ。断じて非オペレータ相手にマウントを取ったり、あまつさえ支配的に振る舞うためではない。
それを香苗さんの師匠、青樹さんというのは勘違いしたんだろう。自身を他の人間より上だと思い込み、支配者に足ると考えてしまった。
香苗さんの最も嫌いとするタイプの人間になってしまったんだな。だから、訣別することになった。
マントに手を伸ばし、薄気味悪そうに彼女が呟く。
「そんな彼女が何を思ってか今さら……"S級昇格祝い"などと嘯いて、こんなマントを。不気味でしかありません」
「モンスターの素材でできている、のかしら?」
「わかりません。そこも含めてすみませんがみなさん、探査に行く前に鑑定士に見せに行きたいのですが……いいでしょうか?」
提案に、誰もが一も二もなく頷く。
元師匠さんの思惑が何であれ、渡してきたからには何かしら意味があるものかもしれないんだ。
だったらすぐにでも、専門家の意見を聞いてみないとな。
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