裏設定と考察要素は多ければ多いほど楽しい
絶妙に間が悪い香苗さんはともかくとして、依頼を受ける。今日は時間を考えて、早めに終わりそうなダンジョンを選択した。
晩ごはんには間に合うように帰らなきゃだし、順当にいけば午後はのんびりあたりをぶらぶらできる、くらいの塩梅がちょうどいいと考えたわけだね。
そこまで急ぐわけじゃなしちょっとの間、組合本部の談話室に二人陣取りコーヒーを飲む。うーん、優雅な朝って感じ。
今日のダンジョンは橋向こうにある回転寿司屋内にある。調査結果では階数3、部屋数18と浅く広くって感じの構造をしているらしい。難度は無論C級で、特に問題のある案件には思えなかった。
「今日も暑いですし、午後は適当なところで涼んで帰るのもありかもしれません」
「そうですね……ちょうどダンジョン近くにはショッピングモールなり漫画喫茶なりあります。時間を潰すには困らないでしょう」
香苗さんの提案に、ふむと考えを巡らせる。ショッピングモールか漫画喫茶か……最近漫画喫茶行ってないなあ。
ショッピングモールのほうはちょくちょく、家族で買い物に行ったりするからね。主に俺は荷物持ちだ。探査者になってからは力持ちになったから、どんな荷物も余裕で持てるから地味に助かっている。
「……漫画喫茶、ですかね。今の俺の気分としては。香苗さんはどうです?」
「どちらでもというのが本音ですが、そうですね。漫画喫茶にはあまり馴染みがないので、この機会にチャレンジしてもいいのかもしれません」
「なら、今日のところは漫画喫茶ですね」
軽く話し合いの末、ダンジョン探査後は漫画喫茶に行くことが決まった。俺としてもなんとなし、久々に行ってみたい気がしていたので好都合と言えば好都合か。
香苗さんと二人でショッピングモールを見て回るのも楽しそうだけど……漫画喫茶でお互い、好きな漫画を読みながら過ごすのも悪くない気がする。
ていうか香苗さん、漫画とか読むのかな? どちらかというと学術書とか、哲学書とか聖書とか読みそうなイメージも若干ある。いやまあ、聖書に関しては例の宗教からの飛躍だけどさ。
どのみち、基本的な性格とか思想信条の傾向で言えばこの人、かなり生真面目というか固いところがあるからね。加えていいとこのお嬢様なわけなので、漫画やアニメ、ゲームといったサブカルチャーとは結びつかないところはちょっと、俺の中にはあったりした。
そのへんについて、好奇心から聞いてみる。
「ちなみに香苗さんって、漫画とかお読みになるんですか?」
「ええまあ、それなりには。ジャンルも割合、幅広く読みますよ」
「へえ……」
意外にもガッツリ読んでた。読むジャンルも選ばないってあたり、下手したら俺より数読んでるわ、この人。
最近はどんな作品が好きなのか聞いてみると、これまた意外というか、でもなんとなくわかる作品ばかり挙げられる。
「ファンタジーにしろバトルにしろ、ラブコメにしろはたまた料理モノ、旅モノ4コマ漫画にしろ……想像の余地が大いにある作品を好きになるきらいはありますね」
「考察とかそういう話ですか?」
「そうとも言えます。ゲームもそうですが、裏設定などがあると心躍りますね。私は寒いのが苦手で、冬季は探査業を控えめにしがちなのですが、その時期はずっと漫画を読んだりゲームをしたりしてこれまで、過ごしてきましたね」
「冬が苦手なんですかあ……」
意外な話が続くなあ。香苗さんって、シーズンオフを設けてるタイプの探査者さんなんだ。
この手の、時期によって活動を活発にしたりあるいは抑制したりするタイプの探査者は珍しくない。
言ってしまえばフリーランスのような仕事に近いため、仕事の量は最低限さえこなしていれば、あとはまるっきりダラダラ過ごしていても問題はない界隈だからね。暑さ寒さに弱い人とか、毎年決まったタイミングで長期休暇を取る人とかはそれなりにいたりするのだ。
もっとも、あんまりみんながみんなそうなっちゃうのも具合が悪いので随時、組合のほうから探査者に向け、ダンジョン探査を積極的に行うように各種宣伝等は行っているみたいだけどね。
そもそも論、大ダンジョン時代におけるオペレータのダンジョン踏破への意欲は基本的に、めちゃくちゃ高いから必要ない気はしている。
早期に人間社会全体で、探査者はダンジョン探査をするものという社会通念や常識といった認識が構築されたのが大きいな、このへんは。
WSOの設立理由もとどのつまりはそういうことだろう。オペレータを正しく大ダンジョン時代のメインプレイヤーとするために、社会の基盤にある思想面からテコ入れするためのワールドプロセッサの策略というわけだった。
「……ん、香苗さん? それに山形」
と、コーヒーを飲む俺たちにかけられる声。爽やかな男の声で、なんなら聞き覚えがある。今にも人の名前を間違えそうな声だ。
振り向くと入り口のほうに声の主がいた。都会を歩いていたら芸能事務所にスカウトされかねないレベルのイケメンくんで、後ろには3人、女の子を連れている。
無論知り合いな彼の名前を、俺は呼んだ。
「関口くん。おはよう、今日も今日とて新人教育?」
「ああ、おはよう……そうなんだけどな、ちょっと事前に打ち合わせようとここに来たんだ」
クラスメイトであり、同じく探査者の関口くん。
こないだ会った新人探査者トリオを引き連れての、ハーレム漫画の主人公チックな登場である。
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