指圧師山形
即座に俺の懐まで潜り込む、とてつもない速度。
一秒とてかけずに眼前、目と鼻の先に迫っていた少女の小柄な体が同時に回転する……後ろ回し蹴り！ 移動と攻撃態勢への移行を同時にこなす、星界拳の体技か！
「しぃぃぃやっ！」
「なんのっ！」
初っ端から俺の股間を狙っての一撃を、しかし目ではっきりと追いかけていた俺は、問題なくその右脚を左手で受け止める。
ズドン、と大砲でもぶっ放されたかのような轟音が響き、受けた掌に、衝撃が襲いかかった。
「おっと……っ」
ついつい呻く。思ったとおりだ、たとえ減衰していても彼女の蹴りは、俺的には痛みこそないが物理的な衝撃を伴ってくる。それ自体がにわかに信じがたい話だけど、まあ予想はしていたところはある。
スキルのバフ込みでなお、ここまで俺の防御を貫通してくるってのが恐ろしい。目が醒めたように一気に、俺はカウンターへと移行した。
鋭く貫いた衝撃にも構わず、俺はその足を掴む。
思いきり足を高く持ち上げる──掴まれた脚を基点に、すでに左脚での追撃を放とうとしていた彼女の体勢が崩れる。
「ぬぅん！」
「くっ！？」
中空にて逆さになり、バランスを崩したリンちゃんの体が、俺の目前に来る。咄嗟のことに対応できている様子はない、つまるところ好機だ。
左脚をも掴む。両足をこうして封じてしまえば、星界拳は翼をもがれた鳥も同然。リンちゃんの顔色が変わるのを視界の端に拾いながら、俺は力任せに腕を振るう！
「でやあああああっ！！」
「あっ、が！？ ──くうっ！？」
彼女の身体を豪快に上に振るって、下に降ろす。
当然床に叩きつけられる形になり、リンちゃんから苦悶の声が漏れ出た。それをニ回、続けて繰り返す。
「がっ、あ！？ く、うっ！」
腕と背中でガードしているようだが、それでも衝撃はあるだろう……無茶な技っていうか、ここまでくると技ですらない力業な分、威力はあるからね。
力まかせ全開、パワーボムの亜種みたいなものといえるけど、傍から見たらおもちゃで遊ぶゴリラ山形の図だ。
かなりえげつない真似をしている自覚はある。でもこっちもあんな蹴り、できれば食らいたくないから必死だよ。さっさと勝負を決めないと。
さらにもう一度、彼女を無理矢理天高くに振り上げる。トドメだ！
「よーっこい！！」
「っ──させないっ！ 星界……激震脚っ！！」
「しょーい、ちいいいっ！？ なにっ！？」
もうここまで舞台の床に叩きつけたりしたら、どうにか決着もつくんじゃないか？ そう願いつつ、渾身の力で彼女を振り下ろそうとした矢先だった。
突然、リンちゃんの両足が小刻みに──マジで小刻みだ、その姿がブレて見えるほどに一瞬で何度も揺れている──震えたのだ。
当然、掴んでいた両手もただでは済まない。一気に摩擦熱と衝撃波が発生し、強制的にホールドが弱められる。熱い！
力の緩み。その隙を逃すわけもなく彼女は、みごと俺の拘束から抜け出してしまった。
そしてこうなると、今度はこっちが向こうに対して、特大の好機を与えてしまうわけで。
「星界──っ！！」
「ぐ、ふぁっ！？」
生まれた間隙を縫う、そんなタイミングでまっすぐな星界拳の蹴りが、俺の鳩尾にしっかりばっちり、ぶっ刺さってしまった。
衝撃が身体を突き抜ける。技術的なものだろう、10倍にまで増幅されている俺の腹筋さえぶち抜く威力。
ああ、食らっちゃったよ……まいったな、これは。
「兄ちゃんっ！？」
見学者のほうから優子ちゃんの声。明らかに心配してくれている声音なのが、なんとも嬉しいね。
気を取られる間もなく、リンちゃんの追撃狙いの動きを見た。鳩尾にもう一撃入れようと、右脚が唸る鞭のようにしなって俺へと放たれている。
「──龍拳っ！！」
「どわっ！？ ごほっ、ちょ、待っのあっ！？」
咄嗟にガードしようと鳩尾を固めたら、なんとフェイントだった。もろに引っかかった俺の、今度は喉元に脚が突き刺さる。痛みこそないけど衝撃は食らうから、思わずえずいてしまう。
さらに振るわれる脚、今度こそ狙いは鳩尾か。人中あたりも狙ってそうで怖い。
さすがに《風さえ吹かない荒野を行くよ》のバフを貫通して、俺にダメージを与えるまではまずいかないだろうけど……喰らいっぱなしも、判定負けみたいに思われそうで面白くはないかもな。
さておき反撃するにあたって判断の余地はない。俺は即座に、彼女に向けて大胆にも距離を詰めた。
「む、う！？」
「うぉりゃあああああっ！！」
蹴り抜かれる前に進んだことで、星界拳の蹴りのヒットをずらして威力を軽減。同時に彼女の両肩を掴んで動きを止める。
豪快な技ばかりお互い見せるけどね、リンちゃん。こういうのも、結構有効だったりするかもよ……っ！
「お客さぁん、凝ってますねえ！」
「な、あ──があああっ！？ 痛い痛い、痛気持ちいいっ！？」
ちょうど背中の両肩甲骨の中央あたりにあるツボ、天宗を人差し指と中指で力を入れて押す。肩や腕の張りを解す効果があるらしいけど、同時に激痛が走るツボとしても有名らしい。
たまに父ちゃん母ちゃん相手に肩揉んであげているのが、こんなタイミングで活きるなんてね。感謝すべきか否か微妙だわ。
もちろん、俺が全力でやると肩ごと潰しかねないのでほどほどに。でも結構指圧しがいがあって、リンちゃんもかなり凝ってるのが窺える。
まだお若いのに、大変ねえ〜。
「押せば命の泉湧く、なんちゃって！」
「あっ！？ く、うっ……んんっ！？」
若干気持ちよさそうにもしてるけど基本は痛みだ。何より攻撃を逸らされていきなりの指圧に戸惑う彼女。
隙ありだ。俺はそのまま、リンちゃんに技をしかけた。
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