おのぼりさんはまず駅の大きさにビビる
電車に揺られること10分ちょっと。乗換駅に辿り着いた俺たちは、人で混雑する大規模駅の構内をはぐれないよう、集団で固まって降車して一息つく。
県名を冠するこの駅は、地域一帯の交通網が集中して交わる一大都市の入り口とも言える。それゆえ施設規模も地元の駅の10倍はあるし、人の多さも思わず目を回すほどに多く、そして忙しないものだ。
「す、すごい人の数ですよ、公平さんー……」
「そりゃあ、うちの県とは段違いなのはわかるけど。こんなに大きいんだなあ……」
あんまり異次元の大きさと人の多さに、呆然と佇む俺とリーベ。
リーベはもちろんながら、俺も実のところ隣県まで、電車では来たことがほとんどなかったりするんだよね。大体の場合、家族旅行で車だったり、遠足でバスだったりするし。
小学生の頃に一度か二度、電車を使った記憶はうっすらあるんだけど正直、あんまり覚えてない。つまるところ今回が事実上、初めての隣県への電車旅というわけだ。
ぼちぼちと歩きつつ、駅構内を見て回る。
どう比較したところで俺の知ってる駅と違いすぎるから、驚愕と困惑ばかりが胸中を渦巻く。なんで改札内に店がいくつも並んでるんだ?
今までにない光景に、思わず目を丸くする。
「すごい……改札内なのにコンビニとかと土産物屋とかがある……」
「か、カレー屋さんが。兄ちゃん、カレー屋さんが駅内にあるよ!?」
「カレー!?」
「え、駅でカレー食べられるんですかここー!?」
マジかよ、駅構内でカレーとか食べちゃえるのか……
地元駅の近くにカレー屋さんなんてないよ。あって定食屋かパン屋さん、ファストフード店にコンビニ、あとは軒並み居酒屋ばかりだ。
本格的なカレー食べたいなあってなったら、商店街にあるインド料理専門店か、さもなきゃ駅からも遠く、歩いて20分30分もかかるカレーチェーン店まで行かなきゃならないのが我が愛する郷土の現実だ。
それがこの駅だと、乗り換えついでに食べちゃえるのか、カレー屋さんでカレーを。
なんたるカルチャーショッキング! 優子ちゃんはおろかリーベまで同じ思いでいるようで、山形家揃って息を呑む。
「兄ちゃん、ここが都会なんだねえ……」
「優子、ここが都会なんだなあ……」
「大都会って駅内でカレーが食べられるんですねー……」
「構内にカレー店があることに、そこまで反応するんですね、三人とも……」
しみじみと大都会の洗礼を浴びる俺たちに、逢坂さんが何やら戸惑っている。新島さんと宮野さんは苦笑いしてるし、宥さんは宥さんで微笑ましい目で俺たちとリーベを見てきてるし。
え、何? この子たちは感動してないのか? 地元の駅とはまるで異なる、この光景に。宥さんは慣れっこだろうしわかるけれども、まさか君たち?
優子ちゃんが驚きに目を見開いて、まさかと問う。
「み、みんなもしかして……この駅、初めてじゃ、ない……!?」
「え、ええ、まあ……探査業絡みで足を伸ばすついでに観光したり、してますし」
「探査者じゃないけど、買い物したり映画見に行ったりはしてるよ? え、逆に優子ちゃん来たことないんだ? ここ」
「電車使えばすぐ行ける都会なのに、なんで……?」
「嘘ぉ……」
「怖ぁ……」
まさか、まさかのみなさん県境超え経験者だった。優子ちゃんと同い年の、中学生女子の3人でさえもだ。
衝撃の事実に妹ちゃんが呆然と呟く。なんなら俺も唖然としている。
この子も俺と同じで、わざわざ電車で遠乗りせずとも、近場で済むなら近場でいいじゃんとか思ってるタイプだからな……同年代に比して、行動圏が狭くなりがちなのは俺自身そうだから予想できてたけど、まさかクラスメイト相手にここまで差がついているとは。
なんなら2歳3歳年下の子らに行動範囲で負けている俺なんか余計悲惨じゃないのか、これ。
リーベはこないだ受肉したばかりだし、言いわけはいくらでもできるんだけどね……俺はほら、高校生なんだからもうちょっと外向きになってもいいんじゃない? って言われると、ぐうの音も出ないから。
別に地元に籠もるのが悪いって話じゃないんだけど、客観的に出不精気味なのを示されたみたいでなんだかショックだ。
「ゆ、優子……よかったなあお前、高校生になる前にここに来れて。お、俺は……」
「に、兄ちゃん……! 大丈夫だよ兄ちゃん、傷は浅いよ!」
「いやまあ、別に強制されてるわけでもないんですしー、必要がなかったから来ませんでしたでいいんじゃないですかねー」
思わず項垂れる俺に、妹ちゃんが抱きついてコントみたいなやり取りが始まる。
一方でリーベ先生のクールなお言葉。まあそりゃそうなんだけどさ、このへんの考え方はこの子もやはり精霊知能、合理的だよね。
俺とてコマンドプロンプトではあるけど、やっぱり7割は山形公平だからさ。どうしても思春期らしいものの考え方にはなるものなんですよ。
「ふふふ……」
「ゆ、宥さん?」
「あ、すみません。私も昔、初めてここに来た時は同じ反応をしていたのかもしれないと思い返して、なんだか楽しくて。それに何より、公平様のそういうリアクションを生で拝見させていただけることが、どうしようもなく幸せで!」
「えぇ……そ、それは、どうも?」
宥さんは宥さんで、なんか俺を肴に酒でも飲みそうな勢いでニコニコしてるし。ちょっと狂信者の片鱗を覗かせてますよねそれ。
ていうかそろそろ間に合わなくなるし、乗り換え電車に乗ろうよ〜と、俺は微笑ましそうな宥さんになんとなく照れながら、そう言った。
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