確率で句読点が消える人たち
玄関前で待つこと少しして、今回の発起人とも言える宥さんがやって来た。7時55分、みごとな5分前行動だ。
ロングスカートはいつもながら、上はノースリーブの縦セーターで肩口を艶めかしくも健全に魅せるという、セクシーさと清楚さを両立させた大人スタイルが、俺の目に眩い。
「おはようございます、みなさん。すみません遅れてしまいまして」
開口一番そう言ってぺこり、と頭を下げる宥さん。いつもどおりのお美しいお姉さんぶりだ。この場の女の子たちが揃って中学生と見た目中学生なので、一際大人の色気を感じる。
見惚れるのもさておき、俺も挨拶を返した。
「おはようございます宥さん。待ち合わせ予定の5分前、ぴったりじゃないですか。遅れてなんていませんよ」
「おはよーございまーす! モッチー、こないだはありがとうございますー!」
「望月さん、おはようございます」
「はい、おはようございますみなさん。今日はよろしくおねがいしますね」
リーベに妹ちゃんも以下同文とばかりにやり取りする。思えば宥さんもなんだかんだ、すっかり山形家にとっても馴染みの人になりつつあるよなあ。
この間の説明会よりも前から、この人には主に俺の勉強を見てもらう家庭教師方面でお越しいただいていたりもしたからね。お陰様で今夏無事、赤点による補習などもなく自由な夏休みを謳歌させていただいてるわけなので頭が上がらないとはこのことだ。
そんな恩人でもある宥さんは、俺に向けてニッコリと笑いかけてくれる。
逢坂さんが一歩前に出て、彼女に話しかけた。
「おはようございます望月さん。今日はお誘い、ありがとうございます」
「おはよう美晴ちゃん。お礼はむしろこちらがするほうよ、公平様とご家族様がたをお連れしてくれたんですもの!」
「は、はあ……いえ、まあ。私は優子ちゃんに声かけしただけですので」
戸惑いも露に逢坂さんがやんわり否定する。相変わらずっぽい様子の物言いに、何やら嫌な予感を覚えているみたいで頬がひくついている。
まあ、優子ちゃんに声をかけた時点でこうなる可能性についてはある程度、予測できた気はするんだよね俺。宥さんの知り合いで、かつ妹ちゃんのお兄ちゃんだもの。
胸に手を当てて祈るように空を見上げて目を瞑る。聖少女とでも言うべき所作の宥さんは絵画かな? と思うほどに美しく可憐な華なんだけど、そこからの発言はすさまじい。
昨日のSNSを彷彿とさせる、句読点がガンダーラに行っちゃったような弾丸トークが繰り広げられたのだ。
「まさか公平様にお越しいただけるなんて夢にも思わなかったわ公平様はもはや大学探査者サークルどころかWSOすなわち世界に対して繋がりをお持ちの方その瞳は常に広い世界に向けられていてその足はいつだって未来を目指していらっしゃるそんな尊いお方なんだものそれでも今回来ていただけたのはやはり私たち一般探査者を慮ってのことだと思うのトップにはほど遠いごく普通の探査者の実情を把握することも大切なことなのだと考えてくださっているのね命をかけて勝ち取られたこの世界この時代を私たちに託してくださったそれだけでも泣きたくなるほど尊いのにすべてが終わってなおこうして私たちのことを考えてくださっているのよこんなに素敵な方はいないわそう思うでしょう美晴ちゃんもだって美晴ちゃんも私が救われた時に御方の偉大なお姿を見ているものね?」
「……………………こうへいさぁん」
「こっちみないで?」
本家本元の伝道師香苗さんにも負けず劣らずの伝道行為っぷり。師弟──師弟と呼びたくないけどまあ師弟だよね──はかくも似通ってくるものなのだろうかと、戦慄が背筋を走る。
なんていうか、これを狂信者の基本スキルにされるのはちょっと、やだなぁ……四方から囲まれてこれやられるとちょっとどうかなりそうだ。
現に望月さんからの伝道を受け、逢坂さんは涙目でこちらに助けの目を寄越している。すかさず俺は目を逸らした。
ごめんね? でもほら、宥さんは君の師匠だからさ、弟子たる逢坂さんこそが一番、相手しやすいと思うんだよねうん。僕はそっと遠くから見守るに留めておくよ、うん。
「望月さん、相変わらずだあ……」
「み、美晴ちゃんのお師匠さん、いつもこんなんなんだ?」
遠い目をして呟く我が妹ちゃん。この子も香苗さんと宥さんのこうした伝道モードについてはすでに知っていて、こうなると落ち着くまでどうにもならないと悟っているので諦めムードだ。
と、新島さんがおずおずと尋ねてきた。その顔に張り付いている引きつり笑顔は紛れもなくドン引きの証。こんな光景初めて見るだろうから、当然の反応だね。
リーベが横から、その問いに答えた。
「公平さんが絡むと確率でこうなりますねー。今はまだ3割くらいな感じですけどー、今後も極まればミッチーよろしく、半分超えも夢じゃないんじゃないでしょうかー」
「悪夢かな?」
「ていうか御堂さん、50%以上の確率でこうなるんだ……」
どこからの目線なのか、その夢とやらは。
巻き添えのように暴かれた香苗さんの伝道確率に、俺も優子ちゃんに続いて遠い目になるのだった。
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