尊みが溢れて山形
「おはよう、逢坂さん。それとお二人も。いつも妹がお世話になってます。兄の公平です」
ワールドプロセッサからの、まさかまさかのエールを受けて俺は、逢坂さんとクラスメイトのみなさんに話しかける。
GW頃に家に遊びに来てくれたのとほぼ、同じ面子だな。あの時は宥さんを救出した直後で、若干情緒不安定気味だった逢坂さんを泣かせてしまった女泣かせ山形くんだけれども、今回は和やかな感じでやり取りできそうな気がする。
「公平さん。ご無沙汰しております。その……大きな戦いを無事に乗り切られたみたいで、何よりです」
「うん、なんとか帰ってこれたよ。たぶん、人生で一番大きな仕事だったんじゃないかなあ」
「ふふ、でしょうね」
くすくす笑う逢坂さんは、いつもながら黒髪ロングを清楚に整えた、愛らしい姿だ。純白のワンピースに透き通るケープを羽織り、麦わら帽子を被っている。率直に言えば深窓のご令嬢って感じの出で立ちだ。
正直、ダンジョン探査しようって感じの服装ではないけど……今回は探査者イベントっても探査がメインじゃないみたいだし、まあいいのか。かく言う俺も、傍から見ればごく普通の背伸びした男子高校生な格好だしね。
と、そんな彼女に連れ立っている、クラスメイトのお二人さんが俺に話しかけてくる。例によって女の子で、彼女らもGW中、家に来てたのを薄っすら見かけた覚えがある。
「お兄さん! こんにちは! いつも応援してます! 私、新島って言います!! よろしくおねがいします!」
「こ、こんにちはシャイニング山形……! やっぱカッコいいよぉ! ……あぁ〜、尊い」
「あ、これはどうもどうも。いつもありがとうござい、えぇ……?」
「尊い……?」
元気よく挨拶してきてくれるんだけど一人、妙なことをボソリと言っているのを、探査者として研ぎ澄まされた聴覚が拾ってしまう。
え、何? とうと、何? 隣でリーベも耳を疑ったのか、小指で耳をかっぽじっている。気持ちはわかるけど、はしたないからやめなさい。
まさかこの子、例のあの団体の信者なのか? 嘘だろ、優子ちゃんの友だちで?
戦慄していると妹ちゃんが遠い目をして、俺の肩を叩いた。
「……彼女、宮野さんっていうんだけどね。兄ちゃんが泣きながら望月さんを助けた一件を聞いて、なんか目覚めちゃったみたいで」
「何に!?」
「その……男の人がさあ。悲しみとか絶望に涙してる姿に、尊みを覚えるようになったって……救世の光には入ってないんだけど、興奮するからチャンネルは毎回見てるっていつも、話しまくってるかな……」
「怖ぁ……」
何それ……人の話で新しい扉を開くの、やめてもらっていいですか……?
見ればその宮野さんとやらは今、新島さんと逢坂さんにドン引きされている。パッと見、中学生女子3人組の姦しくも微笑ましい光景ではあるんだが、話す内容は割と壮絶だ。
「宮っち……尊いとか、なんで本人を目の前にしてさあ」
「あの、ないとは思いますけどいつもみたいな妄想を口走らないでくださいね? 絶交しますよ?」
「い、いやあの! や、やっぱりシャイニング山形は優しくて強くて頼りになる年上のお兄さんだなーって、この人が私に新しい世界を教えててくれたんだなーって思うとつ、つい尊みが口から溢れて」
「いえその……教えてませんけど……」
「す、すみません……黙ってるつもりだったんです……」
自分で勝手に扉を開いておいて、こっちのせいにしてきたよこの子。戦慄とともに否定すれば、宮野さんはさすがに謝罪してきた。
謝るほどのことではないんだけどね? 人の趣味嗜好はその人の自由、俺が口出しできるものじゃないし。
ただまあ、うん。
大声で言うのと、本人の前で言うのはやめとこうねと。それは周囲やその人への配慮でもあると思うし、何より宮野さん自身が評判を落とさないためのものでもあると思いますよ、と。
そんなことを極力、彼女の心を傷つけないように、偉そうに聞こえないように努めてオブラートに包んで言ってみる。
何やら宮野さんは震えて、そして頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい、ありがとうございます……! うう、優しい……素敵……」
「お兄さん、本当に優しいです……! さすがシャイニング山形、尊敬します!」
「ど、どうもありがとうございます……」
女の子から素敵って言われるのは、どんな場面であれ嬉しいよなあと、ちょっと口元がニチャつきそうになるのを堪える。
新島さんも宮野さんも、逢坂さんや優子ちゃんに負けないくらいかわいくて魅力的な女の子たちだ。そんな彼女らにキラキラした眼差しを向けられて、嬉しくないわけがない。
察したリーベがニヤけて俺を見ている。後でからかってくるな、このマスコットめ……
げふん、と咳払いを一つして、気を取り直してみんなに言う。
「ま、まあとにかく。今日はよろしくおねがいします、みんな。一応引率役ってことになってるから、何かあったらすぐ言ってね。できるかぎりのことはするから」
「はい! よろしくおねがいします!」
元気に響く新島さんの声。明るくてはつらつとしてるなあ。
探査者の気配はもう一つ、すぐ近くまで来ている。おそらく宥さんだと思うが、この調子ならあと5分くらいで到着するだろう。
そうして俺たちは、宥さんがやって来るまでの間、わずかな時間ながら雑談に興じるのだった。
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