素麺と冷奴があればそれだけで夏の昼飯は完成する
リビングに行くと、テーブルにはすでにいくつかの料理が並べられていた。
素麺に冷奴、あと玉子焼きにウインナーが少なくとも4人前くらい盛られている。加えて生野菜サラダもボウル一杯に用意されていて、みごとに休日のお昼ごはんって感じだ。
半信半疑だった俺も優子ちゃんも、これには驚いてリーベを見ざるを得ない。
「こ、これ全部リーベが用意したのか?」
「え、すごぉ……リーベちゃん、いつの間にこんな料理上手さんに……」
唖然とする俺たち兄妹。いつの間にやらリーベが、俺たちよりもはるか上の領域にいることを察して正直、震える心地でいる。
そう、いかにも俺たちは料理ができない。いや、できないこともないだろうけどやらない、といったほうが正しいのかもしれないな。
大体の場合、必要であれば冷凍食品とかコンビニ弁当、あるいは外食で済ませるのが常になってしまっているため、一向に自分で調理しようという気にならないのだ。
ちなみに俺はまだ、ゆで卵とか目玉焼きとか、ご飯を炊くくらいならするけど……優子ちゃんはそれすらしない。コンビニで一食分のご飯買ってきてチンして生卵かけた、卵かけご飯でも別にいいやというある意味豪胆なのが妹ちゃんという子だ。
当然母ちゃんからはよく思われておらず、折に触れてあれやこれやと言われるのだけれど。まあそのうちね、うんうん! と返してきた怠惰極まる山形兄妹だったのだが、それもこうなると事情が変わってくる。
「そ、そんなぁまだまだですよー……でへへへ〜。リーベちゃん、張り切っちゃいましたぁーぬほほぉ〜」
テレテレと顔を赤らめてニヤけ倒すリーベに、俺と優子ちゃんはそこはかとない尊敬と畏怖、そして戦慄を抱く。
まさかのリーベが料理を覚えたのだ。しかも母ちゃんに師事して、一からあれこれ教わる形での至極真っ当な積み重ねをし始めている。
こうなると危機感が湧いてくるのは当然の話だ。別にリーベを舐めていたわけではまったくないんだけど、それでもまともに食事をし始めて1ヶ月かそこらの相手に先んじられるのは想定していなかったので、動揺せざるを得ない。
さすがに、こうなると俺たちも、ねえ?
うん……
みたいな。
アイコンタクトでそんなふうに、そろそろ俺たちも腹を括って料理の一つくらいできるようにならなきゃなと、覚悟を決めざるを得ないのだった。
「? さあさあとにかくご飯にしましょー? おいしいおいしい食卓ですよー、ご馳走、ご馳走!」
「あ、ああ。わかりました先輩……」
「ゴチになりやす、パイセン……」
「せんぱ、パイセン!? なんですいきなりー!?」
豹変した俺たちの態度に目を白黒させて、相変わらず可愛くも大げさ極まるリアクションを取るリーベ。
椅子に座りがてらことの経緯を説明すると、そんな彼女は苦笑いを浮かべて言った。
「あー……お母様もたしかに、ぼやいてましたねー。二人揃って包丁の一つも握りやしないって。公平さんのほうはともかく、優子ちゃんのほうはそろそろ強制的に仕込まないとってー」
「私だけなんで!? 嘘でしょ!?」
「公平さんはぶっちゃけ、山形家の財政に大きく寄与してるからそれに免じてだそうですー。命懸けの仕事を日常的にこなしてるし、成績も悪くないから、だそうでしてー……」
「優子、期末テストの点数ヤバかったもんな……」
語られる母の真意に納得せざるを得ない。家計的な意味では間違いなく、探査者である俺がダントツで稼いでるからなあ。
無論、だからといって父ちゃんが蔑ろってわけじゃない。むしろ会社員として日々、社会の荒波と戦ってるんだからそっちのほうがすごいし、俺も家族のみんなもそんな父ちゃんを心から尊敬している。それは間違いない真実だ。
ただまあ、厳然たる数値としてはそうなっちゃうわけなので、大蔵大臣たる母ちゃんの覚えがめでたくなるのもまた、真実なんだけれどもね。
加えて妹ちゃんの場合、割とちゃらんぽらんに学生生活を謳歌しているからか学業があまり、芳しくない。夏休み前のテストの成績に母ちゃんがイラァ……ってなって、俺とリーベとアイが慌てて部屋に避難したのは記憶に新しい。
なんなら一応所属している陸上部だって幽霊部員気味なくらいだ。このいい加減な私生活は間違いなく父ちゃんの血筋だわ。将来どんな大人になるんだろうね、この子。
とまあ、そんなあれやこれやがあって、功績というか、別に罰ゲームじゃないんだけども。
役割分担とかって面で言えば、優子ちゃんが目をつけられるのも仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれなかった。
「理不尽!? 格差!? 不平等条約!?」
「むしろ家庭内平等を考えた結果じゃないかな」
「得意なことを一つでも増やしてほしいって、親心でもあるかもですよー」
「きゅー」
「あ、アイちゃんまで……っ!?」
ガーン、とまさかのアイにさえ可哀想な子を見る目を向けられて、ショックを受ける優子ちゃん。
まあ、どうせ夏休みは俺以上に暇だろうし……リーベと一緒なら楽しいかもしれないし。俺は彼女の肩を叩いて、応援するばかりだった。
「ガンバ、優子!」
「対岸の火事って感じでムカつく!」
「ひどい」
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