歳の離れた友人(150歳差もしくは350歳差)
世界一大きいという噂の太平洋ダンジョン。動画での解説を聞いているうちに俺は、これはエラーダンジョンの一種なんじゃないかと考えるようになっていた。
聞く限りモンスター発生上限が設定されてない上に、占拠済みエリアでの発生禁止プログラムも機能していないのは明らかだ。
スタンピードが起きてないのは単純に、ダンジョンの規模が大きすぎてモンスターが溢れかえる事態になりそうもないからかと思われる。
他にも要因があるかもだけど、少なくとも1階層に100部屋がスタンダードなんてふざけた規模のダンジョンだ、早々飽和状態にならないだろうというのは、コマンドプロンプトとしての見地からしても推測できることではあった。
「まあ、聞いてみるのが一番早いかな」
解説動画から知る限りでは、WSOが普通に絡んでる案件だ。だったら質問するにはうってつけの人物がいる。俺はその人に、スマホから電話をかけた。
何回か呼び出し音がつづいた後、その人は通話に応じてくれた。
『はい、ソフィアです。どうかされましたか、山形様?』
「あ、お世話になっております山形ですー、お疲れさまですー」
彼女……ソフィア・チェーホワさんの、穏やかな声にこちらも努めて柔らかな声音で返す。
他ならぬWSOで一番偉い、統括理事という立場のこの人ならば。あるいは、彼女と肉体を共有する形で同じく統括理事として活動している、精霊知能ヴァールならば。
太平洋ダンジョンがエラーダンジョンなのではないか、という俺の疑問にも答えてくれるんじゃないかなーと思い今回、電話してみたのだ。
「すみませんお忙しいところ突然に。あのー、一つお伺いしたいことがございまして……そのー、少しだけお時間いただけますでしょうか?」
『そんな他人行儀になさらないでくださいな、うふふ。普段そこまで忙しくもありませんし、山形様からのご用件に優先しなければならないことなんて、少なくとも私には思いつきませんもの』
「いえいえ、そんなことは! でも助かります、ちょっと気になる話を耳にしましたものでして」
話し始めた時点で気づいたんだけど、アポ無しで偉い人に電話かけるのってすげー迷惑じゃん。せめてSNSなりメールなりでアポ取ってから都合つけてもらって、それから電話すればよかったんじゃないか。
普通に非常識なことをしてしまった自分にドン引きしてしまう。もうちょっと早く気づきたかった!
こういう"もっといいやりかたあったよね"的なのって、なんでやらかしてから気づくんだろう。つらい。
内心でぐわぁぁぁぁってなりながらも、それでも平常を装って俺は、太平洋ダンジョンについて聞いてみることにした。
「かくかくしかじかぎったんばったん、ということで太平洋ダンジョンについて、詳しいと思われるソフィアさんにお電話させてもらったんですが……すみません! 先にアポを取るべきでした」
『そんなことありませんよ、どうかお気になさらないで? むしろ嬉しいんです、気楽に連絡を取ってくださる人もそんなにいませんから……やはり立場柄、変な気遣いばかり受けてしまいますし』
「それは、まあ……」
押しも押されぬ国際組織のドンだもの、気遣われない理由がないよねー。と、話を聞いていて思う。
この大ダンジョン時代におけるWSOの存在感と来たら、他の国際的な組織に比べても頭一つ、いや頭二つも頭三つも抜きん出て大きい。それに伴いトップたるソフィア・チェーホワの存在も大きいものなわけなんだけど……当の本人的にはあまり、嬉しいことではないみたいだ。
そういえば祝勝会の折でも、お偉いさん的な矢面に立つ立場を嫌がってる節はあったな。偉い人なのに偉そうにしたがらない人と、ダンジョン聖教は先々代聖女の神谷さんがそう評していたのが印象的だ。
嬉しそうに弾む声音で、ソフィアさんは続けて、電話越しに俺へと言う。
『その点、山形様は私の立場などお気になさる必要のない方ですし。私にとっても友人の上司にあたる方と言えますから、いつでも気兼ねなく連絡してもらっていいんですよ?』
「い、いえ……さすがにそういうわけにもいかない気が……」
『それに、こうして気楽に電話をしたりされたりして、相談したり雑談したりする関係……お恥ずかしながらあんまり経験がないのです。ですから、うふふ』
やけに嬉しそうに笑う、電話越しのソフィアさん。
なんていうか精神的にはもちろん、150年以上を生きてきただけの風格や威厳を持つお人ではある。あるんだけど、それと同居するように若さというか、少女性とでもいうべき愛らしさをも備えているんだよね。
不思議な魅力のある人だなあと、率直にそう思える言動だ。
「ソフィアさん?」
『年甲斐もない話ですけど、胸が高鳴る思いです。遠い昔にいたような、友達を思い出しますもの!』
「……そう、ですか。友人だなんて、光栄というか畏れ多いですけど、なんだか嬉しいです」
『こちらこそ。山形様と友人だなんて身に余る光栄ですよ、うふふふ!』
彼女の、遠い日の友人か。
ひたすら戦い続けてきた彼女の大事な思い出を引き合いに出されるような立ち位置に、新しい友人として俺がなるなんて思いもしなかったな。
だけど悪い気はしない。こんな素敵な人と、友人になれる自分が誇らしくなる。
照れくさくて、でも嬉しくて。俺は鼻の頭をポリポリと掻いた。
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