発動確率1%
「じ、《重力操作》だとっ!?」
「嘘……こ、これ、因果干渉……!?」
発動した新スキル、《重力操作》。ヴァールの驚愕の叫びが響く。
リーベもそうだし、俺もびっくりだ。まさか重力を自在に操るという、限定的ながら因果に干渉するスキルを、この土壇場で身につけるとは!
スキルで操れる重力は極めて狭い範囲だが、それでも人間が振るうにはあまりに強力な力だ。現に、あれだけ手強かったワイバーンが重力波に絡め取られて、為す術もなく地面に叩きつけられている。
「ぐぎゃらがぁぁぁぁっ!?」
「す、すごい……!」
「間違っても今、部屋に足を踏み入れるなよ。ああなりたくなければな」
呆然としたランレイに向け、ヴァールの警告が飛ぶ。
まさしくそのとおりで、恐らくだが部屋内は今、通常の数十倍の重力がかかっているはずだ。そんなところに入ったら、下手しなくてもペシャンコになる。
むしろ形を保っているワイバーンの、強靭さを褒め称えるべきなのかもしれなかった。
「さあ、これが私の最後の一撃──奥義を受けてみろ!!」
そしてアンジェさんの追撃。敵を押し潰してその場に固定してからの最大火力というのは、ランレイさんの念動力にも似た戦術だな。
刀を構え、深く腰を落とす。もう力はほとんど入らないだろうに、佇まいと籠められた気迫からは、これまでで一番の技が放たれることを予感させる。
「《剣術》、竜断刀・極────」
「ぐるごぁぁぁぁぁっ!? ぐぎぎぇえぁぁぁぁぁっ!?」
「──って、え?」
持てる力のすべてを振り絞っての斬撃を、放とうとした瞬間。ワイバーンの断末魔の叫びが聞こえた。
え、何? 何が起きた? 俺だけでなくその場にいる全員が、驚いてやつのほうを見る。
──闇色のローブに身を包んだ何者かが、ドラゴンに纏わりついていた。
その袖から見える枯木のような筋張った手には、大きな鎌。顔は見えない。完全なる漆黒が、ローブの中を渦巻いている。
「だ、誰ですー!?」
ゾッとする気配。冷たく、悍ましい根源的な嫌悪感を孕む圧力が、そのローブの何者かから放たれていく。
これは……システム領域に生命体が足を踏み入れた際、感じる圧力と同種のものだ。最終決戦の際、始まりのダンジョンに進入した香苗さんやマリーさんやリンちゃん、ベナウィさんを悪寒、危機感が襲っていたけど、あれと同じものだな。
つまりは今、唐突になんの脈絡もなく現れたあのローブ姿は、システム側の存在に他ならないことになる。誰だ?
あんなやついたか、システム領域に。俺が知らない以上、ワールドプロセッサが単独で絡んでいるのは間違いないことだが、今は細かく感じている場合でもない。
「何者か知らんが……!!」
気配も何もなく、俺やリーベに感知すらさせずいきなり現れた化物。何が目的か知れないが、今はアンジェさんの覚醒の時だ、邪魔などさせるものか!
右手に《誰もが安らげる世界のために》極限倍率の威力を収束させた、考えられる最強の一撃を即座に整える。
青白く燃え立つ右腕の衝撃波は、このダンジョン程度の規模なら容易く、入り口から最奥までぶち抜けるだけの威力はある。山形公平の身体で放てる、最大火力だ。
それをそのままやつに仕掛けようとした俺の耳に、アンジェさんの叫びが聞こえてきた。
「嘘……《死神》!? こんなタイミングで発動するのっ!?」
「え」
間一髪。フルパワーでローブ姿の化物に衝撃波を放とうとしていた腕を止め、俺は彼女を見た。
《死神》……って、称号だよな? アンジェさんの。攻撃に大体1%ほどの確率で、モンスターに即死状態を付与する強力な効果を持つやつ。
それが今、発動したってのか? それってつまり、もしかして。
「あ、あのローブが《死神》のエフェクトなんですか!?」
「そうよっ! うわ、最悪っ! なんで、今このタイミングで発動しちゃうかなあ、もーっ!!」
やはり、あの鎌持ったローブ姿がそれなのか! アンジェさんの嘆き交じりの肯定に俺は、盛大に頬を引きつらせた。
たしかに"あからさまにホラーなエフェクト"とは聞いていたけれども。いくらなんでもあんな大袈裟な演出ありかよ、ほとんど《召喚》みたいなもんじゃないか!
『うわぁ。もうこの際、断言するけどさあ……馬鹿だよ、君んとこのワールドプロセッサ。とんでもない馬鹿だわ。やーいやーい馬鹿の同格!』
ええいだまらっしゃい! 脳内に響く馬鹿の罵声に怒鳴り返す。
たしかにこれに関しては、うちのワールドプロセッサは馬鹿ですとしか言えないけれど。それを言ったら三界機構なんて死ぬほど悪趣味なものを創り上げた、お前だってとんでもない馬鹿だと声高に叫びたい。
「ぐぎぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!?」
アホみたいなやり取りはともかく、ワイバーンの叫びがさらに重なる。ローブ姿、いやもう死神と呼ぶべきか。それは大きく鎌を振り上げて、横薙ぎに、それこそ首を刈り取るように一閃する。
「ちょ、やめ──!?」
「────ぐけがっ」
スパン、と小気味好くすらある短い音。アンジェさんの制止にもかかわらず大鎌は振るわれた。仕事を終えた死神が、その姿を薄れさせて消えていく。
あとに残ったのは俺たちと、首が切断されて光の粒子へと変換されていくワイバーンだけ。
まさしく一撃必殺の、称号効果の発露だった。
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