剣鬼、覚醒
異様な量の発汗。青ざめた顔と震える手足で、それでもアンジェさんの闘志は衰えていない。
いや、むしろ増大しているようだった。彼女の放つエネルギーがどんどん膨れ上がっていることからも、言葉だけでなく本気でまだ、戦うつもりなのだということがわかる。
「ここからがいいとこなのよ……! 毒なんて素敵じゃないの、うふふふ……!」
凄絶に嗤うアンジェさんが、地面に突き刺した刀を支柱にして、寄りかかるようになんとか立ち上がる。
言わずもがな苦しそうだ。ワイバーンの毒は視覚にも及んでいるようで、俺たちとも、敵ともつかない明後日の方向にキョロキョロと視線を動かしている。下手すると意識だって混濁しかけているのかもしれない。間違いなく危険な状態だ。
ランレイさんが血相を変えて叫んだ。
「ば、馬鹿なこと言わないでアンジェちゃん! その状態でど、どどどうやって戦うつもりなの!?」
「あと一撃で、決めてやるわよ……当たりさえすれば、私の竜断刀は必ずやつを倒せる。その理由がある」
「どうやって当てるというのです。今、あなたは自覚しているか知りませんがアンジェリーナ・フランソワ。敵はそちらの向きにはいませんよ」
「っ……ふ、ふ。《気配感知》、忘れてたわ」
確信を持って、あと一撃に懸ける様子のアンジェさんだが、香苗さんの言に密やかに苦笑いを漏らし、今度こそ敵の方を向く。
気づいていなかったのか……《気配感知》を忘れているあたり、大分、意識が持っていかれているな、これは。
恐らく先程のランレイさん同様、スキルを獲得する寸前なのだろう。膨大なエネルギーはすでにシステム領域と接続しており、アップデートが始まりつつある。
「あとちょっと、あと一撃だけ……! それさえ決まれば、私は……っ!!」
どのようなスキルが手に入るのかはさておいて、アンジェさんはそれに望みを託している気がする。今、この状況を打開するだけのスキルを得られると、その優れた感性で直感しているんだな。
当たれば勝てる、というのはあながち間違いではないのだろう。けれどやはり、視界が狂っている状態で《気配感知》のみを使って、動き回るだろう敵にどうやって当てるのか、というところだな。
彼女の意思を汲んだ上で俺は、みんなに言った。
「新スキルのダウンロードはもう始まっています。彼女はじき、新たな力を獲得する」
「そ、それって私の《闇魔導》のように!? アンジェちゃん、壁を超えるの!?」
「恐らくは。ですからそれを信じて、あと一撃だけ任せましょう」
アンジェさんの身を案じつつもランレイさんが、瞳を興奮に輝かせる。自分と同じくらい悩み迷っていた友人が、先程の自分と同じように覚醒しようというんだ。毒への心配もあろうけど期待するのも当然か。香苗さんも興味深く注視している。
一方でリーベとヴァールは渋い顔だ。アンジェさんを見据えて、彼女の意思を尊重したいがすぐにでも助けに入りたい、という板挟みの苦悩に歯噛みしているな。
「公平さん……わかりました。ただ、《医療光紛》は使用します」
「もちろんだ。頼むよ、リーベ」
光翼をはためかせてアンジェさんへ、《医療光紛》の鱗粉を飛ばすリーベ。
このスキルは傷の手当がメインで解毒については、多少の時間をかけざるを得ないけど……気休めにはなるはずだ。
いっそ俺が因果改変で解毒しようかとも思ったが、スキルがダウンロードされている最中にそんなことすると変なバグが起きかねない。そしてスキルが獲得でき次第、アンジェさんは攻撃に移るだろう。
つまりはとにかく、彼女が最後の一撃を放つのを待つしかないってのが現状だった。
「本人の意志もある……仕方ないが、あまり長引かせられないぞ」
「心配、御無用……っ!! こ、公平の、空間全体に作用するスキル……! それこそが今、私にとって一番必要な……っ!!」
ヴァールの心配する言葉に、アンジェさんが返した。息を荒くしての小さくも力の籠もった呻き。俺のスキルの、空間そのものに干渉する性質の結界に着目したのか。
能力を欲するその声に、一際強くエネルギーが放たれて。
──ああ、ダウンロードできたか。と俺は察知した。
「はは、ははは──ははははは! あははははは!」
「アンジェ……?」
刀が地面から引き抜かれる。
それだけでたたらを踏むくらい身体に力が入っていない様子だが、彼女はそれでも高らかに笑った。
「超えたわ、壁を! 私は超えた! 新たな領域に進める、もっと前に、もっと高みに行ける!!」
まるで産声のように木霊する。あるいは今、アンジェさんはまさしく生まれ変わったのかもしれない。
毒と汗と脱力に塗れて。それでもなお、力強く笑って刀を振り上げて。彼女の新たな能力が、ついに発動する──!
「見なさい……! これが私の、アンジェリーナ・フランソワの新スキル!」
「アンジェさん……!」
「……ふふ。公平、ありがとね。あんたのおかげよ、この────《重力操作》はッ! さあ放たれろ、グラヴィティ・フィールドォッ!!」
瞬間。部屋一帯に超重力の負荷がかかり、空間そのものがひしゃげて黒く滲んだ。
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