ファイナルドラゴンファンタジー
長かったこのダンジョンもいよいよ最終一歩手前の部屋まで到達した。ここを通れば、あとはダンジョンコアのある最奥部だ。
たどり着いた部屋の中を、通路から伺い見る。大規模ダンジョンのラストにふさわしい、ボスめいた姿のA級モンスターがそこに待ち構えていた。
「ふしゅるるるるるるるるる……!」
「ワイバーン……押しも押されもせぬA級モンスターの最強格だな」
「ドラゴンですねー」
ヴァールとリーベが語る。そう、部屋には一匹のドラゴンがいた。
トカゲの胴、コウモリの翼、鷲の脚に蛇の尾──いろいろ組み合わさったキメラみたいな印象だが、全体を通してみると完全に、ドラゴンと呼ぶに相応しい威容でいる。
かつてのアイほどのサイズではない──あいつはダンジョンが窮屈に思えるくらいの特大サイズだった──のだが、それでも大きい。
4mはあるな。室内を闊歩しては、時折翼をはためかせている。あっ、唾吐いた。口から飛ばされた液体が、煙をあげて地面を溶かしていく。毒持ちか。
怪獣そのものなドラゴンのそんな姿を見て、香苗さんが俺に解説してくれた。
「特定有害モンスターにこそ指定されていませんが、その強さは紛れもなく、A級モンスターというカテゴリにおけるトップ層です。あれがもう何倍か大きければ、S級モンスターとして扱われたことでしょう」
「大きさも関係してるんですか、S級の基準って」
「S級モンスターの定義が"ダンジョンに収まらず人間社会に侵入し、存在自体が文明社会への脅威となる規模"を指すからな。むしろ最優先項目だ、サイズというものは」
俺の疑問にもヴァールが答えてくれる。なるほど……たしかにアイは、その意志に関わらず存在そのものが町一つを滅ぼそうとしていた。
死者こそ出なかったあの騒動だが、家や車など物的損害は極めて甚大なものになったからな。それも別に、アイは壊そうとして壊していたわけじゃない。あまりの大きさから、深呼吸したり毛づくろいしたりと普通に過ごしていただけで破壊が生み出されただけなのだ。
「ふしゅるるるる……ふしゃららららら!」
それを思えば眼前のワイバーンはまだまだ、可愛らしい範疇に収まるのかもしれない。いや、毒は明らかにヤバいけども。
さてそれじゃあ、とアンジェさんが前に出た。
「トリは私が行かせてもらうわね。せっかくドラゴンが現れといて人に手番を譲ったんじゃ、私の竜断刀の名が廃るわ」
いつもどおりの明るい口調だが、表情は闘志と殺意に漲っている。剣鬼と、そう称するのが一番しっくりくる顔だ。
怖ぁ……アンジェさん、ドラゴン相手にヤル気満々じゃん。竜断刀なんて名前をつけた技を使うんだから、そりゃあドラゴンには並々ならぬ熱意があるんだろうってのは分かってたけど。
しかし一人で大丈夫なのか? 俺はランレイさんに問いかけた。
「アンジェさんの実力を今さら、疑うつもりはありませんけど……大丈夫ですか、お一人で? みんなで組んで戦うべきなんじゃ」
「ぴぃ……!」
「えぇ……」
そろそろ慣れてよ、俺に話しかけられるのにも。話しかけた途端にプルプル震えてしゃがみ込むランレイさんにドン引く。いや小動物みたいで、容姿もあってすごいかわいいけどさ。
まあ、向こうも反射的な防御反応だったみたいで、ハッと気づいてすぐに警戒を解いてくれたけれども。
よかったよ、もう半日も一緒にダンジョン潜っていてアレは、正直ショックだものな。
気を取り直して続ける。
「A級最強のモンスターを、一人で倒すのはさすがに骨が折れると思うんですけど……」
「う、う、うん。そうだね。いつもならそう、私でもアンジェでも、一人でワイバーンの相手は厳しいよ。み、みみ御堂香苗はともかくヴ、ヴァールさんでも、それは同じじゃないかな」
「いえ……さすがにアレを相手に一対一を仕掛けたことはありませんから、私でもなんとも言えませんね」
「そもそもワタシは相対したこともないな。だが受ける迫力や見た感じで言えば、たしかに一人であれを仕留めるのは厳しい」
マジかよ……今やS級の香苗さんに、精霊知能たるヴァールですら単独でやつを倒すのは骨が折れるか。となると、言い方は悪くなるけどアンジェさんだとなおのことキツいように思える。
心配がいよいよ膨らむ。そんな俺に、優しくランレイさんが笑いかけて──ぎこちないものではあったが──くれた。
「だ、だだ、大丈夫だよ……今回は。アンジェも、何か掴んだみたいだし」
「……と言いますと、ランレイさんの《闇魔導》のように?」
「うん。壁を超える何かのヒントを、手にしたみたい。ね、アンジェ!」
彼女にしては大きめの声で呼びかける。ランレイさんの視界の先にはもう、室内に入ってすっかりワイバーンと睨み合いしているアンジェさん。
律儀にもそれに応じて視線は敵に向けたまま、けれど豪快に笑ってみせる。
「いかにもよ! 心配してくれてありがとね、公平。あんたは素敵よ」
「ど、どうもです……いや、そうでなく!」
「ランレイはヴァールさんの《鎖法》から、《闇魔導》への足がかりを得た……」
心配する俺にも構わず、アンジェさんは呟いた。
徐々に、彼女からエネルギーが放出されていく──先ほどにもあった光景だ。
「翻って私もね、なんだっけあんたのスキル、えーと《清けきなんたらかんたら》? を、思い返してさ。ピンときたのよ! パズルのピースの最後の一個は、そこにあったんだってね!」
段々と叫びに変じつつ、吼えて刀を抜き放つ。臨戦態勢。
アンジェさんから放たれるエネルギーはなるほど、さっきのランレイさん同様に莫大なものになっている。未だシステム領域と繋がってはいないものの、時間の問題ではあるだろう。
スキルを、得る兆候。
俺のスキルからきっかけを得た、のか? 結界スキルにアンジェさんが何を見出したのか、いまいちわからないが……
すでに彼女は確信と覚悟を抱いているようだった。構える。
「あとはそれを戦いの中でモノにするだけ──! いくぞドラゴン! 私の飛躍の、第一歩になりなさいっ!!」
「ふしゅうううううう──! ぐがあああああああっ!!」
そして叫び、勇ましく斬りかかるアンジェさん。
ワイバーンもそれに呼応し、鋭い爪を立てて脚を振るった!
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