覚醒!シェン・ランレイ
「右腕と左腕で、戦い方が違う……右と、左。もう一つの、自分?」
ヴァールの戦いが終わって、次の部屋へと続く道を歩く最中。ランレイさんがふと、アンジェさんの隣で小さく呟くのを聞いた。
見れば俯き、何やら考え込んでいる。どうかしたんだろうか? 彼女に問いかける。
「ランレイさん? どうされましたか?」
「…………なんか、見えた気がする。私の壁の先にあるもの」
「え、ランレイ?」
アンジェさんまで反応する、不意に顔をあげたランレイさんの顔は只ならぬ気迫に満ちている。挙動不審なオドオドした感じでない、戦闘中に近い凛々しさだ。
壁の先にあるものが見えた。と、いうことは度々溢していたぶつかっている壁を、乗り越えるための何かを掴んだのか。
「ヴァールさんのスタイルを見て、カッチリと嵌った感じがあったの。どうやっても埋まらなかったパズルのピースが埋まりそうな、そんな確信がある……!」
「ワタシの戦いが、参考になったというのか?」
「はい……! たぶん、次の戦いでお見せできます」
言いながらも見えてきた部屋に、ランレイさんは一人足早に入っていく。中にはモンスターが1体……オークの最上級種とされる、ジェネラルオークが佇んでいた。
2mはある大きな体格にオーク系特有の豚面。髭を生やして右眼に眼帯をつけ、軍服などを着て大きな剣を担いでいる。A級モンスターの中では知名度が高く、実力的にはランレイさんの敵ではない相手だな。
「ブルルルルルルルルルゥァ……!!」
「っ!」
そんなジェネラルオークに向かい合い、ランレイさんは構えた。
漲る気迫が空気を張り詰めさせて、追いつき部屋に入った俺たちどころか、モンスターでさえ後退りさせるほどに圧迫させる。
尋常な力じゃない。とてつもないエネルギーが、彼女から放たれていく。
「あれ? これって」
「まさか……!?」
リーベとヴァールが不意に声をあげた。俺もランレイさんを見て、放つエネルギーの大きさに思わず絶句する。
この状況、このタイミングで起きるなどと、考えてもいなかったことが起きようとしていた。
「ランレイさん、まさか」
「ブル、ブルルルルルゥア?!」
異様な気迫に、A級モンスターであるはずのジェネラルオークが完全に気圧されている。
顔を歪ませ、あからさまに怯えているのだ。指一本動かしていないランレイさんに、戦う前から追い詰められている。
明らかにこれまでの彼女にはなかった現象だ。というか、見て取れるのも俺とリーベとヴァールだけだろう。この光景は、システム側の存在にしか認知できないものだ。
「兆候はずっとあった! だがきっかけが掴めずにいた、それだけのこと!! それさえ克服した今、眼前の壁は壁にあらず! 我が豪脚がさらなる高みへ飛ぶための、階へと変化したァッ!!」
叫びとともに高まっていくエネルギーに、疑惑が確信に変わっていく。間違いない、ランレイさんはたしかに、壁を越えようとしている。
彼女から立ち昇る力はまさしく前兆だ。オペレータとシステム領域を接続して、今現在満たしている条件と置かれた状況から判断した、最善の能力を獲得するためのリソース。
「……このタイミングで、ですか。なるほどシェン・ランレイ。私をライバル視するだけはありますね。お見事です」
「え? へ? え、何? なんなの?」
ここに至り、香苗さんもついに何が起きているかを悟ったようだった。不敵に笑い、自分をライバルと呼んだ後進へとエールを送る。
アンジェさんだけはそんな状況に理解が及んでいないようだが……まあ、こればかりはわからなくても仕方ない話だよ。
探査者ならば誰にでも起こり得る話だけれど、普通は当事者か、あるいは極端に察しのいい人くらいにしかわからないだろうしね、何が起きているかなんて。
そう。これは俺たち探査者ならば誰にとっても縁のあるものだ。
探査者を探査者たらしめ、大ダンジョン時代の象徴の一つと言っても過言ではない、そんな力を得るためのアップデート。ランレイさんが一段上のステージに向かうための、大いなる羽化の時と言える瞬間。
俺は静かに、鑑定スキルを発動した。
「《よみがえる風と大地の上で》」
ステータスを確認するスキルにて、ランレイさんを見させてもらう──やはり、ドンピシャだ。
俺は、会心の思いで高らかに叫んだ!
「間違いなく、ランレイさんは壁を超えた! たった今、新たなスキルを獲得したんだ!!」
「なんですって!?」
「やはり……か!」
アンジェさんが目を剥き、ヴァールがにやりと笑う。
そう、彼女のステータスには新たなスキルが追加されていた。確実にたった今、付与されたスキルだ。
おそらくはヴァールの戦いで得た気づきが最後の一押しとなり、スキル獲得の条件を達成したのだろう。
「いかにもっ!! さあご覧に入れよう、新生シェン・ランレイの戦いぶりをッ! 発動せよ、スキル──《闇魔導》ッ!!」
呼応してランレイさんが叫び、新たなるスキルが発動した。
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