関西圏に生息するタイプのヴァール
香苗さん、アンジェさん、ランレイさんときて、最後にヴァールが立ち上がり、俺に向かって会釈してきた。
ウェーブがかった金髪をなびかせる、これまた恐ろしいほどの美女だ。肉体を共有している都合上、ソフィアさんと見た目は全く同じなんだが、ヴァールのほうはあまり感情を表にださないため、クールで怜悧な印象を強く受ける。
「数日ぶりか山形公平、それに後釜。今日は世話になる。急に参加したいと言い出して、すまないな」
「いやいや、気にするなよそんなこと。来てくれてむしろ、助かるくらいだ」
「公平さんのパートナーの座を掠めようったってそうはいきませんからねー! あなたはソフィアとよろしくやってればいいんですよー!」
生真面目に挨拶してくる彼女に、うちのお馬鹿さんが早速噛み付いた。お前はいったい何を言ってるんだリーベくん、まるで昼ドラの修羅場みたいなセリフじゃないか。
ああ、周囲の人たちの視線が痛い。
せめてもの救いというべきか、ここにいる探査者のみなさんの何割かはもう、香苗さんを筆頭にしたアレな人たちのアレな騒ぎっぷりを知っているから、それなりに俺に向けて同情的に見ている。
とはいえ知らない人たちからはやはり、なんだあいつ面白くねーなといった視線はあるわけだけどね怖ぁ……
「なんの話だ? どうした、山形公平」
「い、いやいや。あー、リーベは気にしないでくれ。飴玉でもやっとけばそのうち大人しくなる」
「わかった。そら」
「わーいメロン味ー! じゃない! なんで持ってるんですかヴァール、そしてひどいですよ公平さーん!?」
適当にあしらっとけ、くらいのニュアンスで言ったんだけど持ってんのかよヴァール、飴玉を。ポケットからおもむろに取り出したそれをリーベに渡す様子は、若い見た目なのにどこかお婆さんみたいだ。
ノリツッコミしつつも抗議してくるリーベなんだが、その隣でアンジェさんの呟きが俺の耳に入った。
「ああ、相変わらず飴玉は常備なのね、ヴァールさん……」
「え。ヴ、ヴァールさん、いつもなの? アンジェちゃん」
「子どもの頃、よく貰ってたわ……ええ、本当に、もういいって言っても困り顔で渡されたわねー。なんでこの人のほうが困った顔するんだろうって、昔から不思議だったわ」
マジで飴玉渡してくるお婆さんじゃん。ていうか困り顔ってなんだ。
困り顔で飴玉をひたすら渡してくる老成した美女ってなんか、そういう妖怪感あるな。精霊知能だし似たようなモノなのかもしれないが、にしてもお前のほうが困り顔ってどういうことだよ。
話を聞いていたリーベも、微妙な顔をして飴玉とヴァールを見比べた。おずおすと問いかけていく。
「あのー……今の話、本当ですかー?」
「そんなふうに思われていたのか……」
ヴァールもどうしたことか、ショックを受けた様子でいる。普段の無表情が崩れ、目を軽く見開いて汗すら流して、完全に動揺しているな、これは。
そしてそのまま、彼女は語りだした。ポケットからまた飴玉を取り出して、掌の真ん中に転がして凝視している。
「わ、ワタシはただ、子どもは甘いものが好きで、渡しておけばとりあえずなんとかなると聞いたから。それで常に飴玉を持っていて、困ったら渡しておくことにしていただけなのだが」
「誰から聞いたんだよ、そんな話」
「ソフィア……その、生前の彼女から」
「…………そ、そっか」
よりによって生前のソフィアさんかぁ……そりゃ、ヴァールも信じ込むよなあ。
生前ってことはアドミニストレータやってた頃のソフィアさんとヴァールだろうし、そうなると当時はずっと、最終決戦の場所でもあったはじまりのダンジョンでモンスターと戦い続けていたんだろうし。
外界についてはほぼ、ソフィアさんの言うことがすべてだったんだろうと思うと、とりあえず飴玉投げとけ、みたいな話を鵜呑みにするのも頷ける。
「途中からなにかおかしい、とは思っていたのだ。アンジェリーナに限らず、飴玉を渡しても別段喜ばない子どもも多くいたからな。なんなら困惑するものもいて、ワタシのほうが困惑していたくらいだ」
「それで困り顔だったのね……」
「う、うーん……ソフィアもたぶん、本音でそう思ってたんでしょうけどー。そこまでおかしいと思ったんなら、彼女の言い分を疑うとかはしなかったんですかー?」
微妙な顔でリーベが問うた。同じアドミニストレータのパートナー役の精霊知能として、気持ちはわからなくもないけど……って感じの表情だ。
さすがにこいつの場合、俺が法螺を吹いたとしても即座に見破ってはくるんだろうけど。思うにこいつ、初めて会った時からやたら人間世界に詳しかったんだよな。なんでだ?
「ソフィアは、さすがに疑えないさ……あの子だけでなく、あの子に至るまでのアドミニストレータたち全員、疑うなどしたくない」
「心持ちは立派ですけどー……」
それも度が過ぎると、なあ。
ヴァールの生真面目さや、かつてパートナーとしてともに戦ってきたアドミニストレータたちへの誠実さは敬意に値するけれど。
とはいえもうちょっといろんなことに疑問を持ってもいいんじゃないかなと思う、俺とリーベだった。
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