河童の山ちゃん
柔軟体操もしっかりしたあたりで、更衣室のほうから女性陣がやってきた。
振り向くとなんともはや、眩しい光景が広がる。俺たち男どもは思わず、彼女らに見とれてしまった。
「おまたせ~」
「お、おお……っ」
親しい女子クラスメイトの水着姿に、松田くんが息を呑みつつもどうにか返事した。片岡くんなんて無言のまま、生唾を飲み込んでいる。生々しい反応だなあ。
とはいえ、気持ちはわかる。海パンなら何でもいいじゃん! な俺たち男どもとは違い、可愛さ満点って感じのファッション的な装いだもの。
正直俺も、梨沙さんのフリルのあしらわれたデザインの水着姿を見た時、思わず息をも忘れるくらいに見惚れてしまった。
マジでかわいい。こんなかわいい子と俺、結構仲いいんだよな? 嘘だろ、我がことながら信じがたい。夢じゃないのか、今この光景。
「わっ。山形くん、すっごい体……」
「えっえっ、なにそれすごっ! ムキムキじゃん!」
一方で女子たちも松田くんと片岡くん同様、俺の体を見てびっくりしている。そんなに? そんなに俺の体バッキバキなの?
試しにちょっとポージングして、筋肉に力を漲らせると黄色い声があがった。なんか筋肉系のお笑い芸人さんになったみたいだ。いやまあ一応、大胸筋とかはピクピクさせられるけれども。
「わぁ……っ!」
「え?」
小さい、それでいてやけに熱の籠もった声音。
見ると、梨沙さんだ。顔を真っ赤にして呆然と、俺をっていうか、俺のシックスパックを見ている。え、熱視線。
「梨沙さん?」
「…………っ! こ、公平くん、あの、すごいね、筋肉」
声をかけると、彼女はどもりつつも俺に近付いてきた。やたら体つきを褒めてくるけど、俺からすれば梨沙さんの水着姿のほうがよほどすごい。
ていうかこの子、着やせするタイプだったんだな……セーラー服で隠れていたから気づけなかった。不意打ち的な衝撃に今、こころなしか震えている自覚はある。
同年代の平均以上はありそうな気がしてならない、非常に豊かなスタイルをかわいいフリルの水着でおしゃれにコーディネート。やめてくれその姿は俺に効く。ああでも心のアルバムには収めておきたい。
褒められたんだし、褒めたっていいよな……?
この気持ちを率直に、俺は伝えた。
「梨沙さんこそ、その、水着姿かわいいよ。すごく似合ってる」
「っ……そ、そっか。えへ、えへへ。公平くんもカッコいいよ、その体。本当に、見惚れちゃう」
「い、いやあ〜へへ、へははは」
「えへへへへ」
「ははははは」
面向き合って顔真っ赤にして笑い合う。無性に照れくさいぞ! 悪い気は全然してないのが余計、照れくさい!
こういう青春めいたシーンの、俺が当事者になる日が来るなんて思いもしなかった。なんなんだろう今年の春から、やけに女の子といろいろ起こりまくってるぞ? 揺り戻しでものすごく悪いことが起きやしないかと心配になってくるほどだ、怖ぁ……
「まーたやってるよ、この二人」
「ねえお二人さん。とりあえず暑いしプール入ろうよー」
「あっはい」
「あっうん」
と、呆れたような生暖かい目で俺たちを見る、クラスメイトたちの言葉。反射的に慌てて返事をして、俺たちは互いに目を逸した。
いかんいかん、ジロジロ見るのは普通に失礼だし、何より人目もある。今日はみんなでプールを楽しみに来たんだ、そのつもりでいないとね。
気を取り直してプールに入っていく。当然だが飛び込みなんて禁止だ、危ないし。監視員さんもいるから変なことしたら即座にホイッスルが鳴り響いて「はいそこ飛び込まない!」などと叱られるのだ。だめ、絶対!
ゆっくりと水に入る。夏の暑さに大いなる水の冷たさが身体に染みる。涼を取るとはまさにこのことだ、肩まで入るともう堪らない。思わず声が出ちゃうよ。
「……くあ〜っ! 気持ちいいー!」
「うひょぉーい! サイッコー!!」
「あーいきかえるーっ!」
梨沙さんたちも次々プールに入り、地獄のような暑さから一転しての天国に、テンションもマックスって感じ叫びをあげる。
いやもう、この時点でプールは正解も正解、大正解だと確信している。なんなら遊ぶまでもなく水に浮かんで日がな一日のんびりしていたいくらいだ。
なんだか疲れきった大人みたいな話だけど、マジで全身から力が抜けていく感覚は癖になりそう。
とはいえ、本気で何もしないわけでももちろんないんだけどね。遊びに来てる以上、そりゃあ遊ぶよ。っていうかまず、泳ぐ。
平泳ぎですいー、とあたりを遊泳してみる。水をかき分ける動作でぐんぐん進めそうだ。探査者になって以来、泳いだことはなかったけど……強化された肉体だとこんなに思うとおりに泳げるもんなんだな。
「おお……山形うまくね? 河童みたい」
「自分でもびっくりしてる。たぶん探査者になってレベルとかいろいろ、上がったからじゃないかなあ」
「公平くん、意外とスポーツ万能だよね」
松田くんや梨沙さんにも褒められる。へへへ。
でも河童みたいってのはちょっぴり嫌かな……カッパのヤマちゃん、なんて渾名は勘弁してくれ。
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