ダンジョン探査RTA
勢い込んでダンジョンに飛び込んでいった、リンちゃんとランレイさん。水がなくなった以上、単なるE級ダンジョンに過ぎないそこを、A級探査者であり星界拳の達人でもある凄腕の二人が駆け抜けるのだ。
……10分とかからない気はするなあ。
「なんにせよ、俺の役目はもう終わりかな?」
「公平くん、今のって……?」
フェンス越しだが、梨沙さんたちの近くにまで寄って座り込む。もうここまで来たら俺のやることなんて特にない。あとは結界を維持していればいいんだから、楽なもんだ。
困惑というか、単純に今しがた俺がしたことがなんなのか、理解しかねている様子で梨沙さんが聞いてくる。もちろん専門的なことを話したって仕方ないので、なるべく平易に、わかりやすさを心がけて説明してみる。
「結界を張って、ダンジョンから水を抜いたんだ。あー、プールに張られていた水まで含めて、ダンジョン扱いになってたからね。それを無効にして、普通のダンジョンに戻した」
「結界……って山形くん、そんなこともできるの!?」
「すげー、漫画とかに出てくる陰陽師みてえ」
「いやいや、形だけ形だけ」
めちゃくちゃ素直な賞賛に、むしろ苦笑して答える。まあたしかに、結界って言ったら陰陽師とかってイメージにはなるよな。
もちろん仕組みは別物だ。陰陽師とか退魔師みたいな、魂が持つスピリチュアルな能力を駆使する人たちが用いる、技術としての結界ではない。
コマンドプロンプトとしての権能をそれっぽく流用しただけにすぎないので、本職さんみたいに言われるのも困るのだ。
「ダンジョンの、発生場所周囲の地形を読み取って内部構造を変える性質を封印する……それだけの結界なんだけどね。今回みたいな探査に支障が出る構造変化を起こしてるダンジョン相手には、極めて有効な結界のはずだよ」
「構造変化って、そんなのあるんだ」
「たまに探査者ドラマとかでさ、ダンジョンの中に人工物があったりするでしょ。そういうのだと思ってもらえたらわかりやすいかも」
「あれか! フィクションじゃないんだなあ」
ちょくちょくテレビドラマや映画なんかで、探査者が題材になることがあるんだけど、それを例としてあげたらみんな、納得してくれたみたいだった。
大体あの手の映像作品だと、出てくるダンジョンはほぼほぼ構造変化している。ノーマルな、薄暗い土塊の床と壁が続く通路と部屋では、さすがに画的に地味と思われるんだろうな。俺もそう思うよ。
と、梨沙さんがこちらを見上げてきている。どこか上気した様子で、頬が赤い。
まさか熱中症か? ちょっとビックリしながらも俺は、彼女に声をかけた。
「梨沙さん……? 大丈夫? なんか、顔赤いけど。暑さにやられた?」
「へ? う、ううん……あの、そのー」
なんだ? ずいぶんぎこちないというか、様子がおかしい。ぽーっと俺を見て、瞳が潤んでいる。いや、本当に大丈夫か?
一応念の為、懐からペットボトルを取り出してフェンスの隙間から差し出す。大丈夫、未開封だよ。
梨沙さんは慌てて首を横に振り、心なし早口で言う。
「だ、大丈夫! その、公平くんかっこいいなーって! 思ってただけだから!」
「え……」
「そのコートがもうカッコいいけど! 慣れた感じとか、なんか結界? を張った時の感じとか、今、仕事終わったーって感じで佇む感じとか! すごく大人で、いいなーって思っちゃっただけだからぁっ!!」
お、おう。
すごく赤裸々なことを言っている気がする梨沙さんだが、さっきとは別の意味で大丈夫だろうか? と心配になる。
ていうかそうか、俺ちゃんがカッコよく見えたか……いやー! モテる男はうんちゃらかんちゃらー! とはなりにくいな、案外。
まったく普通にできることをした上で、あとはリンちゃんたちにおまかせって状態だったので、今言われたような"感じ"では一切ない。
とはいえ嬉しいのは嬉しいんだけど。こう、うおーって感じでなくジワジワくるというか、なんというか。
うん。
「照れる」
「っ!」
めっちゃ率直にコメントすると、梨沙さんはさらに顔を赤らめ、顔を手で覆う。そういう反応されるとさあ、こっちも顔が赤くなるんだよなあ〜。
松田くんたちクラスメートがこっちを見て、ニヤニヤしている。勘弁してくれ甘酸っぱい、今一応仕事中なんですよ。
────と、ダンジョンからせり上がる気配を感じる。一つはモンスターのものともう二つ、スキルを持つオペレータの気配だ。
ぴったりモンスターにくっついて、二人、とてつもない勢いで駆け上がってくる。
予想以上のスピードだ。立ち上がり、呟く。
「さっすが、速いもんだね星界拳」
「え?」
「──しぃぃぃいいいいやぁあああああっ!!」
言うやいなや、タイミングよくダンジョンから飛び出て、真夏の空に打ち上がる影。
二足歩行の鮫みたいなモンスターと、その腹部に蹴りを突き刺す姉妹……リンちゃんとランレイさん。
天高くまで蹴り上げた星界拳姉妹の自慢の脚が、日光に照らされて人々の目に焼きつけられていた。
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