プール・ザ・アクシデント
公園での休憩も終わり、俺たちは湖岸沿いを歩いてついに、目的地であるプールに辿り着いた。
時刻は9時半ごろ。もう朝も結構過ぎてるから、そこそこ人がいるんだろう……? うん?
なんだ? なんか、人が多い?
「なんだろ、人だかり?」
「プール、閉まってるのか? 封鎖されてる」
梨沙さんと松田くんが言うように、外からも見えるプールには水着姿の客は一人もいない。スタッフらしい機材を構えた人たちが数人、水の張られたプールを囲むようにしている。
代わりと言わんばかりにプール施設の受付建屋前に人が屯し、怒ってるとかでなく、困った様子でそれぞれ途方に暮れていた。
うん……かつて称号スキルで得た、ダンジョンサーチ効果と能力者感知効果が唸りを上げて俺に示している。困惑する友だちみんなに、俺は告げた。
「ダンジョンができてるね。たぶん、プールの中に。それで客を入れられないんだ」
「マジかよ! でも昨日の昼にこのへん通った時、普通に開いてたぜプール」
「つまりそれ以降にできたんだね、ダンジョン」
マジかよ~、と嘆く松田くんはさておき、俺は見える範囲から読み取れる情報を、内心で分析していく。
昨日の昼はまだ、普通に営業してたってことはそれ以降に発生したダンジョンということになる。できたてホヤホヤだな。ダンジョンの内部構造を外から調べる専門業者さんがいないあたり、すでに調査が済んでいるのか、あるいはまだ来ていないのか。
前者の場合、すでに組合は依頼として受理しているだろうから、そう遠くないうちに探査者がやってくるだろうが……どちらにせよ、下手すると数日は利用不可能だな。
というか、おかしな点がある。思わず俺は口にしていた。
「水を抜いてない……抜けない? プールの情報を読み取って、水が出てくる性質になってるのか? もしそうなら、探査も難航するぞ、これは」
「え。なんだよ、そういうダンジョンもあるのかよ?」
「偶然に偶然が重なればね。昔あったらしいけど、温泉地にできたダンジョンはお湯浸しだったそうで、スキューバダイビングよろしく水中装備で探査したって例があるそうだよ」
「うえ、マジ? ……探査者さん、大変だねえ」
遠野さんがゾッとした様子で言うが、まあそのとおりだ。推測通りの水浸しダンジョンだとしたら、難易度は間違いなくA級相当になるだろう。
モンスターの質によらず、水中を探査しなければならないというのがまず大変すぎるのだ。レベルやスキルで強化されようが人間は人間、水の中では息できないからね。
それゆえ、ゴーグルから耐寒スーツから果てはダイビングボンベまでガッチリと水中用の装備に身を固めた上で、一部屋ずつ潜ってモンスターを排除しては帰還し、しっかりと休息した上でもう探査を再開するのを繰り返すという方法で少しずつ、しかし確実にリスクなく探査を行うのだ。
似たようなケースでは、めちゃくちゃ標高の高い山の上に発生したダンジョンなんてパターンもある。その場合も対応としては似たようなもんで、いわゆる極地法による登山を行い、なるべく消耗の少ない状態で探査者を山の上に送り込むのだ。
もっともそんな案件、資料に残る限りでは一回しかなかったらしいけど。そりゃそうだわな。
「だから、いつから探査が始まるにしても丸一日はかかるかもね。探査が終わってからも、点検とかいろいろあるだろうし……しばらくは施設は閉鎖じゃないかなぁ」
「え〜!? プールお預け〜!?」
「せっかくここまで来たのに……」
残念がるみんなだけど、仕方ないねこればかりは。探査に限った話だけでも、下手に突貫で強行して、負わなくてもいいリスクを探査者側に負わせちゃいけないし。
もっとも、たとえば俺が探査する場合は話が変わってくるけれども。
こういう"地形そのものが厄介なダンジョン"っていう状況も想定して、神魔終焉結界には対策を仕込んでいる。それを使えば問題なく、水中だろうが山の上だろうが宇宙空間だろうが探査できるわけだ。
まあ、あくまで俺が探査する状況に限るけどね。今回の場合はおそらくもう、正当な手続きを経て探査に乗り出している探査者がいるはずだ。そんな人たちを差し置いて、さすがに俺が横槍を入れることはできない。
万一知り合いが来たりしたら手伝いがてらって名目も立つかもだけど、おそらくA級相当のダンジョンに潜れるような知り合いの探査者は、このへんだと香苗さんくらいしか知らないし。その香苗さんは今日、宥さんの探査に同行してるし。
さすがに宥さんがA級ダンジョンの探査は受けられないだろうし、な。
「おっ、あれ探査者さんじゃねえか?」
松田くんが声をあげたのでプールの方を見る。たしかに、スキルを持った気配が複数、プールサイドに来ている。
チャイナ服にズボンを履いた女の子が二人。艶やかな黒髪をストレートに下ろしている子と、緑髪で黒縁眼鏡の子と。どちらも自然体で、なんでもないことのようにダンジョンを見ている。
…………うん。万一来たなあ。
「リンちゃんに、ランレイさん……」
「え? 知り合いなの、公平くん?」
「あ、ああ。まあ、友だちとそのお姉さん」
シェン一族が誇る星界拳正統継承者、シェン・フェイリン。そしてその姉、シェン・ランレイ。
揃って探査者である姉妹が、まさかのプールにやってきていた。
ブックマーク登録と評価の方よろしくおねがいします




