元男子中学生の日常
「えっ! 今日は公平さんプールに行くんですか!? リーベも行きたい行きたい行きたい行きたいですー!」
「今度な。クラスメートとの遊びの場にお前連れて行っても仕方ないし。お互いに気まずいし」
「えー!? ぶーぶー!」
俺の素気ない言葉にぶーたれるリーベ。今日、朝からおそらく一日を友だちとプールで遊んで過ごすってのを告げた途端のこの反応だ。
行きたい気持ちは理解するけど、本当にこいつを連れて行ったところで何も良いことがない。中学生の頃、それは身を以て体感してるんだ。
ソファに座ってテレビを付ける朝6時過ぎ。ニュースなんか垂れ流しつつ、俺は当時を振り返って言った。
「いや本当、集団での遊びに関係ない人を呼ぶと居たたまれなさすごいんだよ。中学の頃、友だち同士の遊びに一人、自分のガールフレンド連れてきたやつがいてな」
「えぇ……?」
「それは……」
リーベだけでなく、香苗さんも思わず反応していた。お手本のようなドン引きの反応で、見ると宥さんもあー……みたいな感じで苦笑いに近い頬の引きつらせ方をしている。
反応的に、たぶんこの中だと、宥さんが一番その手のことに詳しい気がする。実際、彼女は心当たりがある様子で呟いていた。
「なんというか、見せびらかしたかった感じでしょうか。私の昔の友人にも、身内でもない彼氏を連れてくる子はいましたけど」
「中学生で、まして俺のいたグループなんてほとんどが、俺も含めどっちかというと地味な集団でしたからね。そいつはその中でもガールフレンドがいる自分ってことで、なんていうかドヤりたかったんだと思います」
実際、気持ちは分かるんだよね。俺だってもしも中学生の時、他の男子を差し置いて一人だけ彼女持ちになっていたとしたら、自慢したくなる気持ちは絶対に湧き上がっていたと思うし。
これが俺の彼女なんだぞかわいいだろ! どやあ! みたいな。人より上になりたいってのもあるんだろうし、愛しの彼女を自慢したい気持ちもあるんだろうし。いずれにせよ良くない行為ではあるんだが、感情としては理解できちゃうんだよ、俺としては。
ただ、実際にそいつがそんなことをしたもんだから、その日のグループの空気はまあえらいことになっちゃった。
「一人だけ知らない女の子。しかも友だちの彼女。そんなもん連れてこられて、空気なんて良くなるはずもなく」
「分かります……表面上は仲良くしようとしても、どうしても気まずくなるんですよね。そもそも連れてきた彼、あるいは彼女の嫉妬とかがあって、話すこともままならなかったり」
「仲良しグループに、言い方は悪いけど異物が入り込んだらそうなるんですよね。他所様を接待するモードに入るし、裏ではあいつなんなんだよ、って感じで愚痴が増えるし。そもそも嫉妬もあるしで」
ああ、思い出すだに怖ぁ……ってなる。楽しいはずの集まりが、ぎこちないおっかなびっくりのカップル接待会に早変わりしたあの時。
終わったあと、カップルだけ帰らせて残った俺はじめ寂しい中学生男子たちだけで、近くのファミレスで二次会やったのは忘れられない。ぶっちゃけそっちのが万倍楽しかった。
そうして俺は心に誓ったのだ。身内で集まって遊ぶ時には、絶対他人は呼ばないぞ、と。
そもそも呼べる人いるん? って聞かれたら探査者になる前の俺なら即死だったけど、嬉しいことに今の俺はそうではない。連れてこようと思ったら連れてこれてしまうのだ。基本狂信者だけど。呼んだ時点で集まりの趣旨が伝道にすり替わるけど。
だから、とリーベに告げる。
「あくまでクラスのみんなと遊ぶ集まりに、さすがに連れていけないよ。ごめんな。また今度にしよう」
「お、思っていたよりずっと真剣かつ実感の籠もった説明をありがとうございますー……リーベが浅はかでしたー……」
「分かってくれて助かる。本当に」
さしものリーベも俺の必死さに、冗談ではないと理解してくれたようだ。香苗さんや望月さんも、どこか遠い目をしている。たぶん、これまでの人生のどこかで似たような場面に居合わせたんだろうな。
しん、と静まり返るリビングに、ニュースの音だけ響く。朝の爽やかな空気が微妙なものになってしまったところに、救いの声はやってきた。
我らが山形家のボス、母ちゃんである。
「朝っぱらから何をおかしな話してるんだか……辛気臭いわねえ」
「早起きしてまでそんな話するとか兄ちゃん、暗すぎん? ね、アイちゃん」
「きゅ?」
「あ、おはよう母ちゃん。優子にアイも」
続いて妹ちゃんとアイもやってきた。みんな早起きだなー、俺が言えた話じゃないけど。
ていうか、そうだ父ちゃん。あの人、二次会行ったきり帰ってきてないのか? もう朝なんだけど、朝帰りってのは中々すげえお人だ、我が父ながら。
そう聞くと、母ちゃんが鬼の形相になって首を横に振った。
「……帰ってきてるわよ? 日が変わる直前にへべれけになって帰ってきたから、私が責任持って寝かし付けたわよ」
「帰宅時点でもうほとんど寝てましたねー。お母様はお怒りになるし、お父様は熟睡ですし。お疲れ様ですー」
「本当、あの馬鹿は……! 公平、あんたあんな風になるんじゃないわよ!」
「なりませんです、はい」
怖ぁ……母ちゃん、一旦キレるとそこそこ長いからなあ。
こりゃ適当なところでお出かけしたほうが良さそうだ。起き抜けに雷が落ちるであろう父ちゃん様には、合掌。
無茶しやがって……
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