ALMA-魂のすべてを-
本気で夜通し、会議をする気でいるっぽいあの三人は置いといて、俺はアイとともに自室に戻り、ベッドの中に潜り込んでいた。
アイが懐に潜り込んできて、結果的になんか、抱きまくらを抱いて寝るような姿勢になっている俺。やたらスムーズな動作で胸元に来るもんだからこの子、まさか研究施設でも研究員の人にこんなことしてたのかなとか思う。
「研究員の人とも一緒に昼寝とかしてたのか、アイ?」
「きゅ〜……きゅう……きゅー……」
「……寝てるか」
やはり疲れていたのか、もうすっかり熟睡している。安らかに目を閉じ、たしかな呼吸とともに胸が上下させ、ぐっすり夢の中って感じだ。
色々あったしな、今日。なにより住む環境が変わったんだ、気疲れだってするよな。お疲れ様、アイ。
「俺も、寝るかな」
ミニチュア・ドラゴンを優しく包むように抱きしめて、瞳を閉じる。下の階、リビングではなんか盛り上がってる様子なので、もしかしたら夜食の一つ二つ、肴にして飲んでるのかもしれない。ここでも二次会かな?
今頃居酒屋で飲んで食ってしているだろう、二次会組にも思いを馳せる。そういえば神谷さん、気になることを言ってたな。
先代聖女アンドヴァリとその一派による、神降ろしの儀式。救済をもたらすなどと嘯いているそうだが、どう考えても他意しか見えない感じがしている。
邪悪なる思念の声が、脳裏にて俺に頷いた。
『儀式ねえ。何がしたいか知らんけど、何を呼び出したところで大した話でもないだろうに。少なくとも君やワールドプロセッサが出張るような話でもないでしょ』
そりゃまあ、そうなんだよなあ。神々と人間との関係性は、それが協調であれ対立であれ、互いに影響し合うものであるのが自然なんだ。システム側がわざわざ間に立ち入るような話じゃない。
このへんの話になると、邪悪なる思念もさすがかつてはワールドプロセッサだっただけあり、ものの分別というものがしっかりしている。広い意味で同類とも言える思念体に向けて、俺は呟いた。
「神降ろし……なんてそもそもできるか怪しいけれど。できたとして、人間だけで対処できる話だと、思うか?」
『……どうかな。降ろした神の種類にもよるけど、オペレータにならなんとかなるとは思うよ。スキルとレベルは元々、この世界にはなかった概念だ。この世界の神々に対して有効である可能性は大いにあり得る』
「やっぱ、そう思うよなあ」
似たような見解を抱いたことに、なんとなくホッとする。たとえば人間に対して敵対的な性質の神々が降臨したとして、人間もただ無力でされるがまま、というわけでも現状ないのだ。
スキルとレベルを持つオペレータ、つまりは探査者の力は、上澄みならば普通に神々にも匹敵するだろう。
最たる例で言えばマリーさんだな。最終決戦の彼女は、神どころか三界機構の魔天まで殺しきってみせた。
あの時点で邪悪なる思念にほぼすべての力を奪われていた魔天だが、それでも神々やら悪魔程度ではどうにもならないモノではある。そんな怪物を自力で死に至らしめた彼女のような者がいるから、他のS級探査者だって普通に、神と戦えそうな気はしているのだ。
『別に、人間たちに任せてもいいんじゃないか? かつてのワールドプロセッサとしての知見から述べさせてもらうけど、こういうのにシステム側が介入して良い方向に話が転がったためしがないし』
「お前の世界でもあったのか、そういうこと」
『数える程度だけね。しかもその時には、僕というワールドプロセッサにもまだ、自我はなかったから記憶というより記録に近いし、データも全部喰ったから何も残ってないけど』
おお……なんかこいつ、はじめてワールドプロセッサらしいことを言っている気がする。ていうか数える程度だけでもシステム側が介入するようなことがあったのか、こいつの世界。
ぜひ参考にしたいところではあったものの、データが残ってないのが惜しまれる。こいつマジで、なんでも見境なく食らい尽くしたなあ。
改めてこいつのやらかしたことの数々に呆れつつ、ウトウトしてきた意識の中で、ああそうだと呟く。
「お前の名前、付けなきゃな……」
『は? …………ああ、邪悪なる思念ってのか。たしかに僕は邪悪じゃないし、そういう呼び方は不名誉極まりない。君が名前を付けてくれるなら、それを名乗るのもやぶさかではないよ?』
あくまで自分を邪悪じゃないと主張して、こいつは俺の名付けを期待してくる。自分でどう思うかは勝手だけど、残念ながらお前以外の全員、お前を邪悪だと見做していると思うんだけどね……
さておき、実はもう名前を決めてたりしている。アイ同様にパッと思い付いたネーミングだけど、なんとなく、しっくりいきそうな気はしているんだ。
俺は、邪悪なる思念にその名を告げた。
「アルマ……どっかの、国の言葉で……魂を意味するとか」
『アルマ……僕の名前は、アルマ?』
「そう、アルマ……お前は、アルマだ」
どこの国だったか忘れたけど、語感が良かったのと意味に惹かれたのをよく覚えている。
魂。どんな世界のどんなものにも宿る、それぞれたった一つのかけがえのないモノ。こいつがこれまで、無造作に無分別に喰らい尽くしてきたモノ。
今はまだ、その名に見合わないとは思うけど。
いつか遠い時の果て、多くを見て知って、多くの思索を経て辿り着いたその地点にて。
魂をかけがえのないモノだと感じられるこいつになってくれていると、嬉しいと想う。
そうなってくれる日が来ると、俺は信じたい。
『……ふん。悪くないよ。アルマ。僕は、アルマ。名もなきワールドプロセッサでも邪悪なる思念でもなく、アルマか』
「……どうか……すべての魂を、大事にできるように…………ぐう」
駄目だわ、もう無理。睡魔に負けた。
遠くなる意識の中、それでも邪悪なる思念、改めアルマに言葉を投げる。
アイがやたら柔らかくて温かい。その温もりに、余計に微睡みの沼に堕ちていく感触を得ながら、消えていく思考。
『……ありがとう、コマンドプロンプト……いや、山形公平』
微かに聞いたその声の、柔らかい優しさに俺は、なんとなく微笑んでいた────
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