あの人は昔
商店街前の交差点から歩くことしばらくして、ようやっとってほどでもないがようやく、俺たちは山形家に帰ってきた。
ご飯を食べた上でそこそこ歩いたし、いい腹ごなしではあったんじゃないかな? ていうか正直言うとちょっと疲れた。昼間から説明会してアイに会いに行って引き取って、そして祝勝会だ。辛いことなんてなんにもなかったんだけど、気疲れとかはあるよね。
「ただいまー、あー、なんかここまで来るとホッとするよなー」
「お疲れさまです、公平くん」
玄関開けてすぐの一声。疲れからか思わず気の抜けた声を出した俺に、香苗さんが労ってくれる。次いで母ちゃん、優子ちゃん、宥さん、リーベにアイと次々、入ってくる感じだ。
リビングにてみんな、落ち着く。これでとりあえずはあとは風呂入って寝るだけ、かな? 香苗さんたちが夜通しなんか話すみたいなこと言ってたけど、山形家からはリーベが対応してくれるだろう。
と、宥さんがなんかリビングを見回して感動に打ち震えている。どうしたんだろう。
「ここが、山形家……救世主様が育たれた聖家。世界を救われた偉人の人生は、この家から始まったのですね」
「いえ、普通に最寄りの市民病院で始まりましたけど」
俺や優子ちゃんを自宅出産したって話、聞いたことないんですけど。なんなら、たまに市民病院にお世話になる度、母ちゃんや父ちゃんから俺が産まれた時の話をされるので聞き飽きてるレベルだ。
そんな神の子ならぬ山形家の子、俺ちゃんに母ちゃんがふと、尋ねてきた。
「聖家……? 聖地的なアレかしら。もしかしてあんたの信者とか今後、巡礼とかして来ないわよね、まさか」
「家の真ん前で五体投地して祈りの言葉を捧げる集団って? さすがに絶対させないよそんなこと」
いくらなんでもそこまでいくと、単なる迷惑行為に他ならない。近所迷惑だし、なにより家族が不安がると思うし。
割とそのへんは強めに言ってみる。すると香苗さんももちろん、と頷いて、俺や母ちゃん、優子ちゃんに説明した。
「公平くんやご家族様方に迷惑がかかるようなことは、何があってもしませんよ。それに聖地巡礼などと、ほとんど個人情報を漏洩しているようなものですしね」
「そ、そうですよね。良かった〜」
まあそりゃあそうだ、香苗さんも宥さんもそのへんの倫理観や常識、良心はしっかり持ち合わせている。法に触れない、迷惑にならない範囲を見極めて俺を祀り上げてくるのだ。ある意味それはそれで質悪いけど、今回の場合は非常に助かる。
しかし、と宥さんが言った。
「とはいえ公平様のこれまでの足跡等はどんどん、信徒のみんなに示していけたらなあとは私は思いますね。具体的には幼少時の公平様のお写真とか、作文とか、あるいはお絵描きとか。救世の会チャンネルでの配信に良さそうなものがあるのでしたら、ぜひとも言い値で買わせていただきますよ」
「優子、アルバム持ってきて」
「らじゃー!」
「待てや!」
人の写真を即座に売ろうとするな、母親! 妹!
ていうか俺の幼少の写真を動画配信で見せるとか……バラエティ番組とかでたまにやってる、芸能人の子どもの頃を見せるコーナーみたいなノリじゃん。嫌だよそんなもん、普通に。
「いいじゃん別に。あんたちっちゃい頃めちゃくちゃかわいかったんだから、今と違って」
「有名人みたいでいいじゃん兄ちゃん。今と違って昔はカッコよかったんだし」
「ひどい」
逐一今の俺と昔の俺を比べてくる、血も涙もないうちの女たちの容赦のなさよ。まあ正直、自分でもぱっとしない顔とかしてると思うけどさあ。
とにかくアルバムを持ってくるのは止してくれと頼み込む。ていうか率直にね、香苗さんや宥さんにそういうのを見られるのが恥ずかしいの。勘弁してほしい。
「えーと、あ、そうだ! なんかあれでしょ、話するんでしょう香苗さんと宥さんとリーベとで!」
「露骨な話題逸らしですねー」
「むう。そこまで嫌がるのなら、残念ですが諦めるしかありませんね……」
「残念です……」
全力で惜しむ声が聞こえてくるのを無視。俺はアイを抱いて、とりあえず自室に向かうことにする。
風呂の準備は母ちゃんがしてくれてるので、時間が来たら順繰りに入浴したらあとはもう、寝るだけだ。なんなら優子ちゃんが眠たそうにしているので、あの子から入ればいいと思う。寝る子は育つと言うしね。
と、自室に到着。
「ほら、俺の部屋。今日からここがお前の部屋にもなるんだ」
「きゅう! きゅーきゅきゅきゅうー!」
勝手知ったる俺の部屋でも、当然だけどアイにとっては初めての空間。物珍しそうにあちこち見回しつつも、けれど嬉しそうに羽や尻尾をパタつかせて鳴いている。
抱いていたのを離してやると、早速あちこち飛び回り始めた。机、ベッド、本棚など、置いてあるものすべてに興味を示し、瞳を輝かせて前足で触ったり匂いを嗅いだりしている。
その愛らしさに頬を緩めつつ、俺はベッドに腰掛けて深く息を吐いた。
「ふうー……疲れた。でも、これでどうにか説明はできた、よな?」
『お疲れ様。大した意味もない説明だったとは思うけどね』
独り言つ俺に、邪悪なる思念が茶々を入れる。
まあ、こいつの言い分も分からなくもない。すべて事後での説明だし、何よりシステム側のことがメインなので、人間社会的にはだからどーしたって感じの話ばかりではあったしな。
でも、それでも意味はあったと思う。
「これまでの500年、何があったか……その果てに今、そしてこれからどうなるのか。それを、世界的にも偉い人たちが知ることで時代はより変わっていくと思う。時代が先に進んでいくと、俺は信じるよ」
これからのために、これまでを知っていてほしかった。関係者だけにでも、知っておいてほしかったんだ。
それだけだけど、それこそが大事だと俺は、そう願うよ。
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