I call "YOU"
気分良く湖岸沿いの散歩道、夜空の下をみんなで歩く。雲ひとつない空は田舎ほど、星が満天ってわけではないけど、それでも夏の大三角形くらいは見えて、なんだかキラキラ輝いている。
空間転移でWSOの研究施設まで行って、アイを引き取り帰ってきた。それから俺たちは二次会組と帰宅組とに分かれて、それぞれ動き始めたわけなんだけど。
まあこっちもこっちでそれなりに人もいるので、みんな結構仲良く、話し込んでいたりする。
ベナウィさんのご家族さんやハオランさん、ランレイさんはもうホテルに戻ってるし、香苗さんはうちの母ちゃんや優子ちゃんと話し込んでるし、リーベはリーベでアイと遊びながら歩いているし。
かく言う俺も今、望月さんのお父さんお母さんと並んで歩いたりしていた。なんでも俺に話があるそうで、お父さんが切り出してくる。
「公平くん、君には感謝してもし足りない。娘を救い出してくれて、本当にありがとう」
「本来なら、もっと早くにお伺いしてお礼をすべきだったのですけれど、中々都合も取れず。今日も結局、帰途に着く今になってのお礼になってしまって申しわけないです。後日改めて、公平さんのお家に寄らせていただきますね。それとこちら、せめてものお礼ということで……」
「気にしないでくださいよ、ホント……望月さんのお父さん、お母さん」
望月さんのお母さんがなんか、めっちゃ上品な包装が施された小箱を渡してくるのを、俺は逆にこっちが恐縮しきりで応対していた。お父さんもものすごく丁寧に接してくるので、こちらとしてはそんな大層な俺じゃないですよと言いたいくらいの気持ちだ。
ずっとお礼をしたかったとは仰っているけど、俺としては別にそんなのいいよ〜って感じなんだよね。
望月さんは邪悪なる思念に因果を歪められ、生命体としての尊厳を踏み躙られてしまった。自分が、自分でないなにか化物に支配されてしまう苦しみ、辛さは、どれほどのものだったろう。
アドミニストレータたる俺がそんな彼女を助けるのは、当たり前というか義務みたいなもんなんだ。なによりそうしたかったからそうしたって話でしかない。
なんなら、望月さんが一時的にでも乗っ取られてしまったことを責められてもおかしくないくらいだ。そのくらい、邪悪なる思念が人間の体を乗っ取ったという事態は、通常あってはならないことだったりするわけだ。
とはいえそんな話、望月さんのご両親に聞かせるわけにもいかないし。ちょっと濁してオブラートに包んだりして、俺はお二人に言った。
「俺は俺にできることをしたまでです。むしろ、どうか娘さんを、宥さんを目一杯褒めてあげてほしいかなって」
「宥を……?」
「彼女は、乗っ取られてしまっていてもなお、誰かに迷惑をかけることを嫌いました。ご家族に会いたい気持ちを口にしながら、それでも他人を思い遣っていたんです。俺は、そんな宥さんの心の優しさをとても素敵で素晴らしいと思っています」
普通なら発狂していてもおかしくない、そんな地獄の有様で。それでも望月さんは、誰かを傷付ける前に殺されることを願っていた。
父と母に会いたい、帰りたいと泣きながら……それでも、もう戻れないと覚悟して死を望んだんだ。誰にも迷惑をかけたくないからと、誰をも傷付けたくないから、と。
そんな彼女の姿こそ、なにより尊いものだと思う。
「誰にでもできることじゃありません。ですのでご両親であるお二人には、そんな強くて優しい心を持つ宥さんをこそ、讃えてあげてほしいんです。俺があの件に関して望むことがあるなら、それくらいなものですよ」
「……君は、どこまでも娘を想ってくれているんだね」
「そうさせてくれたのは、他ならぬお二人の娘さんの清らかな心です」
「公平様……!」
そう言って、俺は望月さん──宥さんを見た。俺たちの少し後ろを歩いて、それゆえ俺たちの話をしっかり聞いていた彼女は、やはりというべきか瞳を潤ませてこちらを見ている。
今日でわりと確信したけどこの人、めちゃくちゃ涙脆いよなあ。人情家というか、優しくて情け深い性格なのが改めてよく分かる。
感動に打ち震えたような声での、彼女の呟きを拾う。
「公平様……救世主様ぁ……! 私の神様、私のすべて……」
「えぇ……? も、望月さん?」
拾うんじゃなかった。ホラーじゃん怖ぁ……
ひたすらブツブツと俺を讃える娘さんに、どうしたことかご両親はニコニコと上機嫌にしている。もしかしてもう伝道済みですか? 嘘でしょ?
ドン引きしつつも恐る恐ると声をかけると、彼女はバッと顔を上げ、俺を見据えて叫ぶ。
「っ、宥とお呼びください! ぜひ! 望月呼びだとパパやママと勘違いされますから!! ぜひ!!」
「え。え、え、えっ!?」
「思えば伝道師御堂は下の名前でお呼びなのに、私は望月よびというのもおかしな話です! さ、さあぜひ! ぜひ、私をその、ゆ、宥ちゃんってお呼びくださいませ!」
「ちゃん付け!?」
年上をちゃん付けで呼ぶのはハードル高すぎるだろ、同い年どころか実の妹でもキツいのに!
ていうか望月さんも顔を赤らめている。勇気を振り絞ってるのは見て分かるけど、何もそんな、今言う〜?
とはいえたしかに、望月さんのご両親含めて望月さんが3人いるから、分かりにくいのも事実。
コホン、と咳払いして。俺はなるべくわざとらしくない自然な感じで、彼女を呼ぶことに決めた。
「あー……分かりました、宥さん。ちゃん付けは勘弁してください、マジで」
「! はい! ありがとうございます、公平様!」
「あ、せっかくなんでその様付けやめません? さすがに様はちょっと……」
「いえ、それはできません!」
「なんで!?」
きっぱりと言い切る望月さん……いや、宥さんに唖然。
そのあと少しばかり交渉してみたんだけど、やっぱり俺は公平様だった。怖ぁ……
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