華麗なるフランソワ
ロビーを抜けたところにある、待機室に入る。すでに人は揃っているみたいで、見知った顔も見知らぬ顔も、勢揃いで各人雑談に興じていた。
なんていうか、社交場って感じだ。うちの家族が浮いてやしないかと心配だなあ。あっいた、なんかどなたかと話している。
あれは……望月さんと、そのご家族さん?
「いやはや。以前から娘を救ってくださった、ご子息様にちゃんとお会いしてお礼したいと思っていましたが……まさかご家族様と先にお会いするとは。どうもこの度は娘の宥が、ご子息様に大変なお世話になりまして」
「い、いえいえ! うちの子が人様のお役に立てて、むしろこちらこそありがたい話でございます、はい!」
「御母堂様も妹さんも、息子様には本当に救われました。今一度言わせてください。ありがとうございました」
「いえいえいえいえ!」
「そんなことはぜんぜんとてもとても!」
ダンディな紳士と、優雅な淑女のご夫婦が望月さんを挟むように立ってうちの家族に感謝している。娘というからには、あの方々が望月さんのご両親なんだろう。
それを受けての、うちの家族の狼狽ぶりと来たらもう。あからさまに望月さんご夫妻の圧倒的上級オーラに気圧されて恐縮しきりじゃないか。いや、俺もあの場にいたらたぶんいやいやいやいやとしか言えないけれども。
「おや、公平ちゃんも来たかえ」
「あ、マリーさん」
遠巻きに、あたふたする我らが山形家を生暖かい心地で見守っている俺に、マリーさんがやって来て声をかけてくれた。引き連れているのは歳の離れた女性が二人。揃って綺麗なブロンドの長髪をストレートに下ろしていて、顔立ちもかわいい系の母娘さんだ。
ご家族さんかな。なんか娘さんの方が、俺をふーん? 普通じゃん。みたいな目で見てるけど。
「この子が山寺? ふーん、普通じゃん」
「山形ですけど」
言われてしまった。ふーん、どうも普通の山形ですじゃん。
20歳くらいだから、大体香苗さんとか望月さんと同じくらいの年代かな。マリーさんの面影がある顔立ちだけど、若さゆえかちょっとツリ目がちで、キツめの印象を受ける美人さん。
お孫さんかな? とマリーさんを見ると、なんか彼女の背中に手を回していて。
「こんの、馬鹿たれ!」
「……!? いったい!? 痛い痛い、ちょ、婆ちゃーん?!」
途端に、女性が悲鳴をあげて痛がっていた。抓ってるな……マリーさんだし本気じゃもちろん、ないだろうけど。俺はまあまあと、二人の間に割って入った。
「マリーさん、暴力はいけませんよ。俺が見てくれ普通なのは分かりきってますし、気にしないでください」
「……すまんね、気を遣わせちまって。私の孫なんだが、どうにも未熟な上に跳ねっ返りでね。まったく誰に似たんだか」
「間違いなく母さんですね」
「そういうあんたにもそっくりだよ、馬鹿娘」
予想どおり、お孫さんだったらしい。ため息を吐くマリーさんに、今度はお孫さんのお母さんらしい女性がボソリと言った。
見た目30後半くらいなんだけど、正直若々しくてもっと若く見える。お孫さんのお姉さんとかでも通じるかもしれない。でもおそらくマリーさんの娘さんでお孫さんのお母さんって考えると、どう見積もっても50手前か下手するともっといってるんだよなぁ。
混乱する俺に、にこやかに笑って娘さん? は言った。お孫さんもそうだけど、やたら流暢な日本語だ。
「娘が失礼しました、山形さん。お噂はかねがね母からお聞きしています」
「ってことはやっぱり、あなたがたはマリーさんの」
「ええ。私が娘のエレオノール・フランソワ。エリーと呼んでね。そしてこちらの、今しがた馬鹿なことをした馬鹿な娘が」
「馬鹿馬鹿言わないでよ! ふん、孫のアンジェリーナ・フランソワよ! アンジェで良いわ、さっきは不躾でしかも名前間違えちゃってごめんなさい!」
「あ、いえ。はじめまして、山形公平です」
名乗られたので名乗り返す。エレオノール……エリーさんとアンジェリーナ……アンジェさん。マリーさんがマリアベールってお名前なので、続けて読むとなんかこう、テンポ良さげな名前なのね。
っていうかアンジェさん、別に俺を嫌いとかそういうわけでもなさそうなんだな。元からしてそういう性格というか、気がキツいみたいだ、相当。名前間違えたのもわざとじゃなさそうだし、どこかの関口くんとは違うね。
やたら勢いよく謝ってくるアンジェさんに俺は、いえいえと答えておく。マリーさんが嘆息とともに溢した。
「すまんねえ公平ちゃん。この子も一応、A級でもそこそこなんだがどうも向こう見ずで。見かけ普通でも中身はヤバいって、公平ちゃんを一目見たらそんくらいは分かって欲しいんだがねえ」
「分かるわけないじゃん……ていうか何? 救世主とかってそこのトップランカー様がネットで吹聴してるらしいけど、マジでそんな寝言言ってるの? 婆ちゃんまで?」
「……やれやれ。この始末だよ」
「まったくもって普通だと思いますけど」
やれやれとばかりに首を振るマリーさんには悪いけど、アンジェさんの感覚とかものの見え方はめっちゃ健全だと思う。
マリーさんは俺についてのあれこれを知っている分、色眼鏡かけすぎてるんじゃないかなあ。
「ネットで、吹聴? 寝言? ……なんたる物言いですかアンジェリーナ・フランソワ! A級にもかかわらずその程度の眼力とは片腹痛い! トップランカーとして伝導して差し上げましょう!!」
「はあ!? ちょ、なに急に!?」
「救世主様の素晴らしさを骨身に染みさせてあげようというのです! さあ心して聞きなさいまずは救世主神話伝説第一章から第三章まで!!」
「ひええー!?」
そして案の定だが香苗さんは暴走するし。アンジェさんが目を白黒させて困惑している。
マリーさんにしろエリーさんにしろなんか笑ってるし、いや孫と娘のピンチ! 止めようよ!?
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