あなたは救世主を信じますか?
「きゅっ! きゅっ! きゅっきゅきゅーっ」
「ふふ、かわいい……ふふふ、かわいい!」
職員から借り受けた小さなボールが机に転がる。それを追いかけて体全体で捕えて、まるでパンダのようにゴロゴロ自分ごと転がるアイと、その様にたまらなく愛らしさを感じているようで、震えているリンちゃん。
さっきからずっとこんな調子だ。野生の欠片もなく完全に愛くるしいペットな挙動を見せるアイに、さしもの星界拳正統継承者も、黄色い声をあげる年頃の女の子でしかない。
「リンちゃんも込みで、なんだかほっこりする光景ですね」
「そうですね……ハッ、閃きました! この様子を動画にし、救世の光をより親しみのある素敵な組織であると世界に示すのです!」
「! それは素晴らしい! アイちゃんもリンちゃんも可愛らしいですし、きっとお茶の間にもほっこり動画として届くこと請け合いですね!」
「本当は怖いほのぼの動画かな? さすがに止めますよ?」
香苗さんと望月さんの恐ろしい企みに、思わずスルーしきれずにツッコミを入れてしまう。目の前のほのぼのした光景の裏で、怪しげな宗教団体が陰謀を張り巡らせているなんてオカルト雑誌もビックリだわ。
ていうかね、うちのアイちゃんWSOのマスコット(予定)なんですよ。すでにマリーさんがそのように動いてるだろうし、そんな中で勝手に動画撮って配信なんてやらかしたら、国際組織直々に良くない組織に認定されそうだ。
そんなことをこんこんと話すんだが、狂信者二人は分かってるのか分かってないのか曖昧な表情だ。はいともいいえとも言ってないって感じの顔だな。
と、ヴァールが苦笑いとともに割って入った。
「あなたが絡んでいる組織だ、多少はこちらも忖度しよう。加えれば、ネームバリューのある御堂香苗が指導者なわけだから余計にな」
「絡んで……いやまあ、絡んでるっちゃ絡んでるんだろうけれども。絡んでないと言い張りたいんですけども!」
「さすがにそれは通らんだろう。あなたの教えを世に広めんとする目的の組織なのだから」
「まずその、俺の教えってなんだよ怖ぁ……」
おかしい。誰かに何かを言ったわけでもないのに、俺の教えとやらが着実に概念として成立しつつある気がする。
これはまず間違いなく香苗さんが発端だろう。あの人、俺の発言の何かが心に触れる度、すごい勢いでメモを取り出すからな。完全に香苗さんのエモーションが基準だから、最終的に何がどう広まろうとするのかまったく読めないので、これでは発言に気を付けるもへったくれもない。
そもそもねヴァールよ、忖度するなんて迂闊なこと、言うもんじゃないよ。ほら香苗さんがものすごーく狂喜を宿した目で俺たちを見てる。
WSOのお墨付きだわーい! とオブラートに包めばそんなんだが、包まなければ国際組織の後ろ盾を得たぞフハハハハハ! ってもんだよ。
そんな視線も意に介さず、ヴァールは肩をすくめた。
「御堂香苗がもし、あなたの存在と力を隠れ蓑にして自分勝手に世を乱そうとするのならば止めるが……あの様子ではな。徹頭徹尾、あなたに身も心も捧げんとしているのは明白だ」
「そりゃ、香苗さんは絶対にそんな真似しないけど……身も心もって」
「なんとなくだが似たものは感じるのさ。ワタシも、ソフィアに対してはそのように想っていると自負しているからな」
む、う。ここでソフィアさんを引き合いに出すのか……これはかなり、香苗さんのことを気に入ってる気がするなこいつ。
これまで見てきても分かるが、ヴァールはソフィアさんを大切に思っている。精霊知能としてアドミニストレータに向ける想いを遥かに大きく超えた、彼女個人としての並々ならぬ愛情と友情、信仰を、俺はいくつかの場面でひしひしと感じてきた。
無論、ソフィアさんも同様にヴァールを想っているようなので、これがいわゆる相思相愛ってやつかぁ、とほっこりするのではあるが。
だからこそそんなヴァールが、香苗さんをしてソフィアさんを想う自分と重ねるというのは、とてつもない高評価なんだなと察せようものなのだった。
「御堂香苗は山形公平を決して裏切らない。そう断言できるほどに確信しているからこそ、ある程度ならばその、なんとやらいう会とも繋がりを持っても良いと考えているわけだ」
「…………まあ、俺だってそこのところは、確信してるけどさ」
「おかしな神輿に祭り上げられそうで、あなたには気の毒に思うが。これもあなたを想うがゆえの行為とすれば、なんとも健気なものには映ってこないか?」
「健気……ねえ」
言われてみればそうかもしれないけど……
「フェイリンさん。どうですこれを機に我々、救世の光の会員になるというのは。今なら山形公平様の教えをまとめたパンフレットを、ななななんと! 無料でお配りしますよ」
「え、やだ……公平さん、友だち。敬ったり、崇めたりするの、違うし」
「ああ大丈夫ですよリンちゃん。救世主公平様は誰に対しても分け隔てなく接してくださいます。あなたにとってもそう、まさに友だちとして接してくださるでしょう」
「……?」
「きゅう……?」
怪しげな勧誘そのものを仕掛けている姿からは、健気というには程遠いなにかがある気がしてならないんだよなあ……
というか望月さん、みごとなまでの論理のすり替えやめてもらえます? リンちゃんどころかアイまで首を傾げてるじゃないですかやだー!
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