すてきなふるさと、すてきなしゅうきょう
正直、昼飯だけで大満足でした。そう思うくらいに美味しい寿司だった。さすがはお偉い方々用にと広瀬さんが用意したものだ、至福の昼食って感じだ。
さてこのあとは各自、自由時間だ。祝勝会開始が18時頃からだし、それまで好きに行動してくれとのこと。
「さて、俺もどうするかなあ……」
食べ終えた寿司桶を前に考える。今日の予定は特になし、だ。説明会も終わったし、なんなら一仕事終えた感じすらある。
俺の家族とリーベは一旦、家に帰った。無駄にキメてきたスーツやら制服から、私服に着替えて一旦休憩するためだね。祝勝会にはもちろん、参加する手はずだ。リーベは会場までの案内役だ。
「神谷、あんたこの辺には詳しかったりするかい?」
「いえ、まったく。どうかされましたか、先輩?」
と、マリーさんが神谷さんに何やら尋ねている。サンスーンさんと神谷さん、あの人とは先輩後輩の関係なんだな。それなりに親しげな感じで、昔からの縁を思わせる距離感だ。
サンスーンさんも交えての三者会談。マリーさんが続けて言った。
「いやあ、せっかくだし観光でもと思ったんだがね。サン・スーンもだが、首都はともかくこの辺の地域はよく知らないんさね」
「私も、南の方や北には行ったことがあるのですが」
「そうですか……私も普段は海外住まいですから、お二方と似たようなものですよ。それこそ、現地の方に聞いた方が良いかもしれません」
そう言って、神谷さんの目がこちらに向く。いや、え? 俺、だけじゃないにしろ、俺とか香苗さんとか望月さん?
少し離れた席同士なんだが、お互い当然探査者だから、たとえ小声でだってやり取りくらいは朝飯前だ。だから座ったまま、マリーさんが俺に言ってきた。
「公平ちゃん、私ら祝勝会までの時間、どこぞこの辺を観光してこうかと思うんだけどね。どこか楽しめそうな観光地、知ってるかい?」
「そ、そうですね……あー、近くにお寺とかありますよ。1000年以上の歴史があって、なんかえーっと、古い文学作品の舞台だったり執筆場所だったりするとか」
地元だけど、いや地元だからこそ自分とこの住んでる場所の、観光に適した場所なんてよく知らないし……とりあえず、子供の頃からちょくちょく、学校の遠足とか正月の初詣とかで行ってる大きな、有名らしいお寺を挙げておく。
たしか、なんか文化遺産? 国宝? だったりするそうだし、行っても見るものないってことはないだろ、たぶん。
「ほほう? 寺院ですか、それは、中々興味をそそられますなあ」
「サン・スーンの故郷は寺院が多かったね。なるほど? 悪かないね、面白そうだ」
「ええと……あら、このお寺のことですわね恐らく。私も名前は知っていますよ。この近くにあったとまでは、知りませんでした」
神谷さんが品良く、スマートフォンを自在に操作して検索する。良かった、名前くらいは知ってる人、いたんだな。
お三方の中でもサン・スーンさんが特に、興味を示しているみたいだ。どうもお寺とか寺院の多い国の出身みたいなので、異国とはいえ気になるところなんだろう。
ついでとばかりに付け加えておく。
「そのお寺の前には土産物屋とか、食堂とか喫茶店もありましたから。良いところだと思いますよ」
「そりゃ、なおのこと良いね。さしあたってはそこ行ってみるか……ありがと公平ちゃん、あんたはさすがだよ」
「い、いえ。お役に立てたなら何よりです」
なんか褒められちゃったけど、ぶっちゃけうろ覚えで適当な有名所を挙げたに過ぎないので、ちょっと困るというか、居たたまれなさがある。
これでもしお気に召されなかったりでもしたらことだぞ。いかんいかん、不安になってきた。怖ぁ……
「この県は自然も豊かですから、道すがら景色を楽しむのもオススメですよ」
「そうですね! 国内有数の湖もあるんです。まるで海みたいに広いですから、そこも見ていただけるといいかもですね」
おお、香苗さんと望月さんのフォローアシスト。それぞれ俺の左右から、お三方に向けてこの県のアピールをしてくれている。
そうだよ、そのとおりだ! あまりに身近だから忘れてたけど、俺の住む県にはでっかい湖があって、それだけでも価値があるんだよ。いやしまった、思い付かなかったのは、県民として不覚としか言いようがない。
絶妙なアドバイスもあり、マリーさんはほう、とまたも感嘆の声をあげてくれた。神谷さんもふんふんと上品に頷き、サン・スーンさんもにこやかに笑っている。
「なるほど! たしかにここへ来る際にも、なんと大きな湖なのかと驚かされましたなあ。ふむ、自然そのものに注視するのも楽しそうです」
「この暑さの中、水場というのは見ているだけで涼が取れそうですものね」
「違いありませんな。いやありがたい、感謝しますよ山形さん、御堂さん。それと望月さん、でしたか」
今回ですっかり名を覚えられた俺と、A級トップランカーゆえに恐らくは、元より名を覚えられていた香苗さんはともかく。
望月さんのことは、さすがに注目してなかったみたいだ。どこか探るように彼女の名を呼ぶサン・スーンさん。
まあ、俺が呼んだだけでぶっちゃけると普通の探査者という枠は出ない方ではあるからね。もちろん、腕はたしかだし人格も素晴らしい、素敵な方ではあるけれども。
それを受けて望月さんが立ち上がり、一礼した。
「申し遅れました、C級探査者の望月宥と申します。以前、こちらの山形公平様に命を救われました。今では公平様を救世主として崇める団体・救世の光の大幹部も務めております。以後、お見知り置きを」
「き、救世の光……マリアベール先輩が、何やら仰られていましたが、与太話ではなかったのですね……」
「ちなみに私、御堂香苗が団体の代表、すなわち伝道師です。よろしくおねがいします」
「…………そ、そうですか」
怖ぁ……なんてこった、ついにアドミニストレータ計画関係者以外の偉い人にまで、例のカルト教団のことが明るみになってしまった。
サン・スーンさんと神谷さんの、微妙な顔と複雑な色をした視線が俺に向けられるのを直視できない。
思わず下を向く俺に、マリーさんが声を上げて笑うのが耳に入った。他人事〜!
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