コマンドプロンプトの責任のとり方
「邪悪なる思念という存在そのものをなかったことにして、500年前からすべてをやり直すためのスキル《滅尽滅相、大ダンジョン時代》。それを使用するため、コマンドプロンプトは長き沈黙を破り、アドミニストレータ計画に介入しました」
コマンドプロンプトとしての私が、最終目的としていた地点はまさにそう、すべてのやり直しに尽きる。
リセット、あるいはリスタート……邪悪なる思念が襲来しなかった場合の、本来辿るべきだった道筋への分岐点にまで逆行させる時間術式。それこそがスキル《滅尽滅相、大ダンジョン時代》の正体だった。
本来コマンドプロンプトが用意していたこのスキルは、もはやスキルの域を超えている。
だからだろう。今、会議室にいるみんな、もはやまったく理解し難いといったような顔で俺を見ている。時間を巻き戻すなんてそりゃあ、自分たちの知るスキルで可能とは思わないだろうから、なあ。
広瀬さんが半信半疑の様子で尋ねてきた。
「時間を、巻き戻す……まるで神の御業ですが、そのようなことが可能なのですか、本当に?」
「さすがに一回こっきりですけどね。このスキルの使用には、それこそ世界一つ分のリソースが必要です。当初、コマンドプロンプトはそれを、他ならぬ邪悪なる思念の存在を分解することで賄おうとしていました」
いかなコマンドプロンプト、因果改変を自在に行える全能にも似た権能を保持するモノであっても、ぶっちゃけ無い袖は振れない。あのスキルを使うのにはそもそもエネルギーがまったく足りてなかったってのが実際だ。
だからこそ私は、アドミニストレータ計画に目を付けた。邪悪なる思念を打ち倒すためのそのプランは、なるほど良くできていた……決定的にあと一歩、及ばない部分があったところまで含めて。
「コマンドプロンプトが試算したところ、アドミニストレータ計画は邪悪なる思念を追い詰めるまではいけても、トドメを刺すには至らないことが分かっていました。決定的に届かない僅かな要素が、計画の失敗に繋がると予測していたのです」
「……そして、あなたはそこを埋めようと考えた?」
「さすがです、ベナウィさん。そう、いわば最後のひと押し。アドミニストレータが敗れた後に残るであろう、追い詰められた邪悪なる思念。《滅尽滅相、大ダンジョン時代》を発動するには絶好に思えました」
ここまで話せば、粗方の人は俺が、いやコマンドプロンプトがアドミニストレータ計画に介入した理由を分かったみたいだ。そうだね、一番良いところを掻っ攫って、どさくさ紛れに全部なかったことにして踏み倒そうとしたんだね。
正直、我ながらそれはそれで一つの正解だ、という認識ではいる。あくまで俺が山形公平だから別の選択をしたけれど、コマンドプロンプトの想いが間違っていたなんて、そうは思わない。
いろんな偶然が折り重なっての今、この時なのだろうな。
「介入を決意したコマンドプロンプトは、アドミニストレータ計画の要となるアドミニストレータ役さえ、自分で行おうとしました。そして自らの記憶を封印し、一人間として転生した」
「それが、公平さん……!?」
「なぜ、アドミニストレータ役でさえご自分で? 言ってはなんですが、最後に現れてその《滅尽滅相、大ダンジョン時代》とやらを使うだけでも良かったのでは?」
広瀬さんからの質問。普通はそう思うよね〜……わざわざ計画の要に成りすましてまで、何もかも自分でことを進めたかったのかって思われても不思議じゃない。
たしかにそれもあるかもしれない。どう言い繕おうとコマンドプロンプトはワールドプロセッサたちを信用していなかったし、だから距離を置いて自分だけですべてを背負い、決めた。独善的と言われて当然な、卑劣な態度だ。
だが、それだけでアドミニストレータ役に潜り込んだわけでもなかった。それを、俺はよく分かっている。
他ならぬ自分のことだもんな。
「……最後にコマンドプロンプトがすべてを持っていく以上、アドミニストレータ役の人間は死ぬことが織り込まれていました。ワールドプロセッサ側の計画ではどうしても一歩及ばず頓挫することが、分かっていましたからね。だからこそなんです」
「だからこそ?」
「ただの踏み台に、ただの繋ぎに、人間を使い潰すことなんてしたくなかった。自分でやり遂げたかったというのもありますが、一番の理由は。システム側の戦いに、これ以上罪のない人間たちを仕立てて犠牲にしたくないと、思ったからです」
「……! 山形さん」
ソフィアさんを見ながら告げる。彼女はその視線の意味に、気付いたようだった。
彼女自身と、彼女に至るまでに代を重ねながらシステム側として戦い、そして死んでいった歴代アドミニストレータたち。彼らの戦いを、コマンドプロンプトは陰ながらずっと、見ていた。
「もう、システム側の都合で誰も死なせたくなかった。死ぬならばこの私、コマンドプロンプトだ。そうでなければならない。絶対的な権能を持ちながら傍観者に徹し、あらゆる他者の犠牲を見ていただけの者として、最後くらいは責任を果たしたかったんですよ」
システム側の思惑で地獄のような運命を与えられ、それでも世界のために命を使い潰した彼らに、敬意と裏腹の憐憫を抱いたのは事実だ。
だからアドミニストレータ計画に介入する時に、真っ先に決めたのだ──私が死のう、と。こんなことに命を張るのは、ひたすら身を隠していた卑劣な私だけであるべきだ、と。
それが、私が俺になった理由。
コマンドプロンプトがその記憶と権能をすべて封印し、ただ一人の人間、山形公平へと生まれ変わった根本の理由だった。
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