彼なりの戦い
「セーフモードが発動して以降、そこにいるリーベが、対邪悪なる思念に向けての計画……通称アドミニストレータ計画を企画・立案しました」
「ソフィアに代わる新たなアドミニストレータを見出し、強化を施した上で邪悪なる思念を倒して世界を救うというプランですねー、ざっくり言うと。そしてそのアドミニストレータに選ばれたのが、何を隠そう公平さんでした」
リーベの説明は、いささかざっくりしすぎているきらいはある──決戦スキルや三界機構、天地開闢結界まわりを完全にすっ飛ばしている──のだが、そのへんまで話し出すとたぶん、話が脱線するからなあ。
アドミニストレータを立て、その者を強化し、邪悪なる思念を倒させる、くらいで丁度いいのかもしれなかった。
「侵略者の魔の手から、世界を救う……っ!! 公平様こそやはり、救世主だったのですね!!」
「そのとおりです、使徒望月。悟りましたね……」
感激に涙を流して望月さんが叫んだ。隣で、香苗さんが何やらしたり顔で頷いている。おう後方狂信者面やめろや。
色々極まっちゃってる二人の姿に一同ドン引き。うちの家族はともかく、マリーさんやソフィアさんたちまで唖然とさせるのはある意味すごい。一切見習いたくないけど。
気を取り直して話を続ける。最近分かってきたけど、こういう空気になった時は、もう完全にスルーして話題を変えることが一番、飛び火しなくて済むのだ。
「えー……そしてアドミニストレータ計画は実行に移され、先週、マリアベールさんやフェイリンさん、ベナウィさん、香苗さん、そしてソフィアさんとヴァール、リーベの協力を得た上で遂行されました。邪悪なる思念は滅び、世界は滅亡の危機から脱したのです」
「それは素晴らしいことではありますが…………その最終局面で、山形さんがコマンドプロンプトに覚醒した、と」
「ええ、そうなります」
神谷さんの言葉に頷く。さて、ここからだ。
ここからは完全に、リーベやヴァールでさえほとんど初聞きの話になる。何しろこの俺、コマンドプロンプトから見た一連の成り行きだからな。
ふう、と息を吐いて、そこから俺は話し始めた。
「……コマンドプロンプトの人格も、他の、ワールドプロセッサや精霊知能と同様に500年前、発生しました。ですが、彼ら彼女らと同じように、邪悪なる思念との戦いに参加していたわけではありません。むしろその逆で、身を潜め、誰にも私がいる、ということを悟らせないように隠れていたのです」
「それは、また……なぜですか?」
「一言で言えば、そうしなければ本当に世界が滅びるから、と感じたためですね」
俺の言葉に、リーベが僅かに俯くのが見えた。まあ、あまり面白い話でもないだろうしな、システム側からすれば。
500年前、発生したコマンドプロンプトが知覚したのは、侵略者の強襲を受けて半狂乱で戦いの準備を整えるワールドプロセッサと精霊知能たちだった。
今でも克明に思い出す、ハジマリの記憶、ハジメテ触れた感情。怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖、怯え、混乱、困惑。邪悪なる思念への途方も無く強い、負の感情がシステム全体に渦巻いていた。
「狂気的、と言ってもいい。現代的な言葉で表現すれば、それこそ集団ヒステリーでしょう。ワールドプロセッサ以下システム側の存在は、全員、降って湧いた災厄を前に正気でいられなかった」
「それは、コマンドプロンプトも?」
「いえ。むしろ私は、幸いにもその様を客観的に見ることができました。完全に冷静さを失っていたワールドプロセッサたちに、これではいけない、と危機感を抱けたのです」
憎悪の坩堝に陥っていたシステム側を、コマンドプロンプトがある種の俯瞰から眺めることができたのは、まさしく偶然と言う他ない。
そもそも俺と同格のワールドプロセッサからして、発生した時点ですでに邪悪なる思念への殺意と憎悪に染まっていたのだ。対となるコマンドプロンプトが続けざまにそうならずに済むなど、万一どころか億、いや那由多に一つの可能性だろう。
だが、それでもコマンドプロンプトは冷静さを失わずにいられた。ある意味、狂っていたワールドプロセッサを見て、こう思うことができたのだ。
「──このままシステム側に与しては、いずれ私も冷静さを失い狂気に飲まれてしまう。誰も、冷静に事態を把握できるものがいなくなる。それでは絶対に勝てない。そう考えて私、コマンドプロンプトは身を潜めたのです。システム側が抵抗を続ける中、慎重に、注意深く、邪悪なる思念を消滅させるスキルを密やかに創りながら」
「《滅尽滅相、大ダンジョン時代》ですか……! 邪悪なる思念をあそこまで完封できるスキル、一朝一夕で創れるわけがないと思っていましたが、まさか500年前からずっと!?」
リーベが叫んだ。なんのことだ? となる一同はさておき、俺は頷く。
正しくそのとおりだ。あれほどの大掛かりなスキル、いかなコマンドプロンプトでも創りあげるのには膨大な時間が必要だった。
それこそワールドプロセッサたちが戦い続けた350年、すべてをそちらに費やさねばならなかったほどに。
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