聖女という称号
「ソフィア様どころか、ヴァール様までそのように気さくに接されるとは……なるほど、彼が山形公平くんですか」
しどろもどろなヴァールに呆れ返った視線を向ける俺に、横合いから声がかけられた。ソフィアさん、今はヴァールだな、の左右の席に座っている男女の、男性の方だ。
恰幅のいいスーツ姿の老年、東南アジア系の男性だが、普通に座っているだけなのに気迫がものすごい。海千山千乗り越えた、老獪な政治家感がある。表情自体は極めて温和な、好々爺って感じなのが余計そう感じさせるな。
そんなお爺さんが自然な日本語を発したことに感心する、俺より先にヴァールが答えた。
「そうだ、サン・スーン。今日にでも知ることになるだろうが、完全に人間世界の枠組みの外にいる方だ。間違っても政争に巻き込もうなどと考えるなよ、身の破滅を招くぞ」
「ホホホホ……30年か40年か前ならともかく、もう隠居間近の身でそのようなことは考えますまい。しかし、いえ、そうですなあ。ヴァール様がそこまで仰るとは、我が教え子たちにはようく、言い聞かせておかねばなりませぬな」
「ふん……くだらぬ野心で、派閥まるごとこの世から消されんようにな」
「…………本気ですな」
ヴァールの警告に、好々爺は柔和な顔に冷や汗を垂らしたみたいだった。
ていうか、本人を目の前に破滅の化身みたいな物言いするの止めてほしい。そもそも俺を政争に利用なんてどうやるんだろう。因果律弄れって言われてもとてもじゃないけどやらんし。
ともあれ、俺は名乗りをあげた。
「どうもはじめまして山形公平です。そこなヴァールさんとは、えー、ある意味同僚です」
「頼む、勘弁してくれ。どう考えようと上司だろう……ワタシや後釜が部長とすれば、ワールドプロセッサと並んであなたは社長か会長だ」
「そんなに」
「どう見ても少年だが……まあ、不老たる方の仰るならば、そうなのでしょうなあ」
高1の子どもを捕まえて、WSOの最高指導者が自分よりずっと偉い、とか言い出すの乱心感あるよな〜。
サン・スーンさん? と名乗られたお爺さんも半信半疑ながら、ヴァールの言うことならと一応は受け入れたみたいだった。事実は小説より奇なり、よく言うもんだよね。
さて、とサン・スーンさんが名乗り返してくれた。
「WSO事務総長、グェン・サン・スーンだ。話はソフィア様、ヴァール様、それにマリアベール先輩から聞いているよ山形くん。よろしく」
「よろしくおねがいします。それで、ええと」
「次はわたくしですねえ」
ヴァールの隣、マリーさんと同年代くらいのお婆さんが笑った。日本人だ。マリーさんがどちらかというと気の強めな笑みを浮かべがちだったんだけど、こちらの方は完全に静寂というか、穏やかそのものに微笑んでいる。
服装も、花柄ベースで派手派手しいがどこか落ち着いた印象がある、そんな淑女は俺に向けて優雅に一礼してきた。
「神谷美穂。先々代になりますが、《聖女》を冠しておりました。今はダンジョン聖教の司教を勤めております」
「……《聖女》?」
「そういう称号があるのだ。ある意味、アドミニストレータにも負けないほどに特殊な称号がな」
耳打ちして小声で知らせてくるヴァール。特殊な称号《聖女》とな。そう言えば、たしか探査者全百科のコラム、世界のユニーク称号って欄にそんなのがあったような?
しかしアドミニストレータにも負けないとはまた、大きく出たな。気になって仔細を聞いて見ると、まさかの驚くべき話をされてしまった。
「これといった効果のない称号なのだが……決戦スキル同様、他者に継承できる性質のものでな」
「継承……!? スキルじゃなく、称号でか!?」
「ああ。その性質と字面の良さが相まって、ある種の権威付けがなされてしまってな。今では世界有数のダンジョン信仰集団の、いわゆる宗教的象徴だ。あなたと同じだな」
「何それ怖ぁ……ていうかナチュラルに俺を同類にしたな、お前」
誰がカルト宗教の象徴だ! ……というツッコミはさておいて。
継承できる称号とはまた、珍妙なものを創ったなワールドプロセッサ。薄々感じていたことだけど、あいつはどうも称号周りに手を入れるのを気に入ってる節がある。
スキルやレベル、モンスター、ダンジョンと異なり称号だけは完全にこの世界由来の産物だから、愛着を持つのも分からなくもないが、にしてもおかしな称号だ。継承なんてさせて、どういう意図があるんだ、聖女とやらに。
「そこはワタシにも分からん。だが、少なくとも人間社会にはそれなりに大きな影響力があるのはたしかだ。でなければ、一宗教団体の象徴がわざわざ、今回の集まりに呼ばれることはないからな」
「WSO内にも、支持者がいくらかおりまして……その方々の意向もあり、今回ソフィア統括理事から招待いただけました。よろしくおねがいします」
「よ、よろしくおねがいします……」
怖ぁ……国際組織の内部にまで食い込んでる宗教組織とか、下手しなくても大分やばいやつじゃ〜ん。
邪悪なる思念云々を抜きにしても、色々と怖い人間社会だわ。
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