本当の焼肉を食べさせてやる
ジュージューと、肉の焼ける音が鼓膜を叩く。香ばしくも美味そうな、匂いも漂ってくる。旨味をそのまま香りにしたらこんなんだろうなと、思わず考えてしまう得も言われぬ素敵な匂いだ。
手元には箸、コップ、そして皿。皿も普通の小皿と、小さな枡を三つ合体したような横長のものがある。いくつものタレや汁を小分けにして、味のバリエーションを楽しめるように工夫されたものだな。
そこには焼肉のタレ、塩胡椒、レモンだれがそれぞれ盛られており、今か今かと肉が焼けるのを待ち侘びていた。
『…………ごくり。ねえ、まだかい? すごくワクワクしてるんだけど』
脳内の、邪悪なる思念が期待に満ちた声を響かせている。いや、速い。いくらなんでも意見を翻すのが速すぎる。
お前まだ一口だって食ってないだろ。
『匂いだけでも辛抱たまらないんだ! うー、なんだこれ、僕が今までイメージしてた焼肉と全然違うじゃないか! そもそもなんで店の中なんだ、森の中じゃないのか? 焚き火はどうした? 肉を解体するナイフは? ぶっ刺す棒切れは!』
あるかそんなもん! ていうかやっぱり、お前の思ってた焼肉って無人島でサバイバーがやるようなやつだったな!
脳内の声に盛大にツッコむ。そんなところだと思っていたんだ。なんせ四つの異世界はそのすべてが、いわゆるファンタジー世界だったようだからな。
旅人やら冒険者やらがわんさかいて、野営なんざ当たり前の世界と時代だ、しかも四つともすべてが。
文明とか文化を一概に、俺たちの世界と比較できるもんじゃないが、少なくとも料理関係に関してはこちらに一日の長があるのは、侵食時に流れ込んできた情報からも十分に読み取れていたことだった。
『なんでただの焼いた肉に塩だの胡椒だのかけるんだ? 贅沢すぎるだろ……少なくとも断獄と災海の世界では、調味料は高級嗜好品だったんだぞ!』
あー……大航海時代とかそんな感じの? どんな世界でも、似たような歴史というか流れは辿るものなのかもな。
ていうか、そういう世界を喰い尽くしたお前にそんなキレ方する権利ないだろ。いくらなんでもお前、どうかしてるぞ。
『うるさーい! いいから肉、肉、肉! くーわーせーろー!!』
「怖ぁ……」
幼児そのものな駄々をこねだした邪悪なる思念ちゃんにドン引き。こんなのが、いくつもの世界を喰らい、この世界まで喰い付くそうとしていたんだならなんていうか、世も末だ。
仕方なし、金網を見る。まあまあ焼け始めているから、いくつかはいけそうだな。
箸を手に取りいただきますして、俺はいい感じに焼けている肉を何枚か皿に取った。薄いがよく引き締まった、これはタン塩かあ。
「タンは、レモンだれーっと」
肉汁も滴る牛の舌。見ているだけで涎が出るよ。
レモンだれをちょっぴり付ける。ネットで調べたところ、どっぷり漬けるのはおかしいらしい。そりゃそうだ、考えてみれば当たり前だわ。
薄黄色の透き通った汁を少しだけ纏った熱々の肉を、俺はいよいよ口に入れた!
「…………んん〜っ! うまい!」
舌の上で肉汁がとろけ、薄いけど弾力のある肉質が、噛めば噛むほど旨味を増してまろやかに口内で踊る!
よく咀嚼する、旨味がその都度にじみ出る! 美味しい! 肉の味、極めて原始的な命の美味しさだ!
『お、美味しい……っ!? なんだこれ、ただの肉がなんでこんなに!?』
邪悪なる思念の驚愕が響く。そうだろうそうだろう、美味しいだろうただの肉なのに。
品種改良とかなんかこう、飼育とかこう、畜産農家の方々が何十年何百年とかけて頑張ってきた、これもこの世界の文化文明の一つだからな。正直、詳しくは知らんけれども。
「はーい、公平くん。白米だぜ〜」
「ん、ありがとね梨沙さん」
「ふふっ、どういたしまして」
注文しといたご飯大盛りが、受け取った梨沙さんから俺に渡される。ありがたく頂戴して、俺は二枚目のタン塩を口にする。
やはり相変わらずの旨味。さらにそこから──白米を食らう!
「…………美味い!!」
『…………美味い!!』
炭水化物に肉の旨味が絡まり、相乗効果でさらなる味覚体験を生み出す! これはまさしく、ハーモニーだ!
同時に口内の油っぽさをも米が絡め取ってサッパリさせてくれる、肉と米の組み合わせは最高で最強だな!!
『な、なんてことだ……! 8割方侵食してたから正直、舐めきってたけど! この世界の食文化は最高だ! 完全と呼べる可能性がある!!』
邪悪なる思念もいたく気に入ったみたいだ。でも、お前の言うところの完全ってのには当てはまらないんじゃないかなあ……
まだまだ発展の余地がある以上、それは完成とは言わんだろうし。
『もっと、もっとだ! 他の肉も食べたい、ほら食え、もっと食べてくれ!』
俺の言葉も耳に入らないみたいで、すっかり肉に魅了されている。まったく、貪欲さは肉体の有無に依らないんだな、こいつの場合は。
ブックマーク登録と評価の方よろしくおねがいします




