たかが焼肉されど焼肉
恋愛脳モードな母と妹、そして当然のようにそれに便乗してニヤニヤしだしたアホのリーベはもう置いておくことにして、俺は意気揚々と家を出た。これからクラス打ち上げに参加するのだ。
ちなみに店は焼肉屋だ。昼をバーガーセットだけで、しかもダンジョン探査も挟んでいるからお腹ペコペコよ。ふへへ、お肉ちゃんたち待ってろ〜、ジュージューいわしてやるぜ〜。
ああちなみに、当然私服着用である。神魔終焉結界は香苗さんに送ってもらってうちの玄関の前で、早々に異空間に引っ込めさせた。あんなもん家族に見せたら盛大なからかいが始まること請け合いだからね。
終業式を終えて夏休みが到来したこととか、500年のあれこれがなくなってめっちゃ身軽になったこととかもあり、すごく軽やかな気分だ。
あー、焼肉楽しみ〜!
『焼肉ねえ……肉を焼くだけだろう? そんなにウキウキするようなものなのかい?』
邪悪なる思念が脳内で話しかけてくる。なんとも盛り上がりに水を差すことを言うやつだが、まあ、肉を焼くだけってのはそのとおりだから否定しづらい。
ていうかお前、焼肉屋で飯の一つも食ったことないのかよ。端末を操作して、セーフモードの中でもある程度は気儘に行動していたんだろ?
『ないなあ……僕の世界とか、三界機構どもの元の世界とかでそういうのはたらふく食べたからさ。それにこの世界の料理は大概、肉を焼くだけより凝ってて楽しいし』
そりゃどうも。でもまあ、食べず嫌いも良くないぞ。
お前や三界機構の世界の料理事情がどうだったかはしらんけど、この世界はこの世界だ。まあものは試し、味覚は共有してるから味わってみてくれ。
『はいはい』
気のない声音だが、たぶんこいつは前言を撤回することだろう。こいつのイメージしている焼肉と、この世界の焼肉はおそらく違うからな。
ふふふ、精々腹を空かせて待つが良い、邪悪なる思念。いや、今のこいつに空腹感なんてないだろうけど。
てくてくと街を歩く。時刻は夕暮れ、だけどまだ空は青い。
夏の空だ。セミが鳴くのを遠くに聞いて、暖かな風が肌を撫で、雲がゆっくり走っている。こういう空気感というか雰囲気は、結構ノスタルジックな感じがして好きだな。
国道を歩いて20分ほどすると商店街に辿り着く。相変わらずの賑わいだ。待ち合わせ時刻まであと30分ほど、少し早かったかな?
まあ良いやと、とりあえず焼肉屋に向かう。昼間行ったファストフード店からそう遠くない位置にあるその店の前には、すでに知った顔が何人かいた。
「おつかれ〜っす」
「あ、公平くん!」
「おっす山形、おつかれ」
「山さん、お昼ぶり〜」
「山形くん、お疲れさまです」
梨沙さんたち、昼間に会った面子だ。さやかちゃん先生も一緒ってことは、このグループ今までずっと遊んでたのか。学業から解放された学生たちは分かるが、さやかちゃん先生は何やってんだこの人。
「さやかちゃん先生、あの、仕事は?」
「え? あ……うん。先生はねえ、有給休暇を使って半休なんですよお」
「そ、そうなんですか……」
「体育の中山先生と英語の磯田先生が、良いから行ってきなさいって言ってくださって……全然有給を使ってもなかったんで、えへ、えへへ。来ちゃいました」
「あぁ……」
ぽわぽわ〜と花が舞うような暢気な笑顔で答えるうちの若き担任に、俺は色々と察する。
体育の中山先生、さやかちゃん先生にあからさまに気があるもんな。熱血気味で良い先生なんだけど、ぽやっとしてるさやかちゃん先生には暖簾に腕押し感があって切ない。
というか英語の磯田先生まで? さやかちゃん先生をいつも叱ってる印象のある、ちょっと年嵩の女性教諭がなんで?
疑問に思う俺に、そっと梨沙さんが袖を引っ張ってくる。なんぞや? と振り向くと、顔を近付けて耳打ち。
「……公平くん。磯田先生、中山先生のことが好きなの」
「えぇ……?」
「さやかちゃん先生に当たりきついのもそのせい。今日だって、さやかちゃん先生を適当に帰らせて中山先生にアプローチしたかったんだよ」
なにそれ怖ぁ……ちょっぴりエグめの恋愛ドラマじゃん。
ていうか学生にまで知れ渡ってるあたり、かなり地獄の様相を呈している気がする。さやかちゃん先生はそれ、知ってるのかな。
「おかげでクラスのみんなと打ち上げできて、先生とっても嬉しいです! 中山先生と磯田先生には、クラス打ち上げが終わったあとに先生だけの打ち上げに合流する予定だから、その時にお礼しなくちゃ!」
「気付いてないのはこの人だけなのか……」
「さやかちゃん先生、そのままのさやかちゃん先生でいてね……」
「? はい! 私はいつまでも、みなさんの先生ですよ!」
ほんわか笑顔が、なんとも暖かい彼女の周囲は案外ギスっている。
そんな、知りたくもなかった真実に俺は、思わず青空を見上げた。
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