決して忘れてはならないもの
「別に、大したことじゃないんですよ。リーベがこの傷痕を残す理由なんて」
ポツポツと、リーベは話し始めた。
パズルゲームもそこそこに終わり、今は静かに話す時間だ。普段は明るいリーベも、こと傷痕の件となれば、騒がしくなんていられないみたいだった。
「邪悪なる思念との最後の戦いで受けた、この傷痕なんですけどね。リーベにはこれが、誇らしくもあり、申しわけなくもあるんです」
「どういうことだ?」
「……必要なこととはいえ、アドミニストレータ計画の遂行にあたって、我々は多くの人間を巻き込んできました」
沈痛な面持ちで、あるいは、何かを悼むように俯く。その表情に見えるのは、悔恨。
目の前の精霊知能は……リーベは、明らかに後悔していた。
邪悪なる思念を倒すためのアドミニストレータ計画を企画立案し、ワールドプロセッサと共に遂行してきた彼女だからこその、それは罪悪感だった。
「世界中のオペレータ。モンスターによって殺された人たち。星界拳のシェン一族。決戦スキル保持者。そして何より、あなた」
「俺はカウントしなくて良い。お前たちの計画に、最後の一手をサポートしようと勝手に乗りかかっただけだ」
「コマンドプロンプトはそうでしょう。けど、山形公平という人間にとっては、ただ周囲に促されるまま、導かれるままに運命を受け入れさせられたに等しい」
違う、と何回言ってもたぶん、認めはしないだろうな。
いつもノリが軽くて楽しい、それがリーベだが、だからといって決して馬鹿じゃない。自分の使命や責任のため、多くのことを涙を飲んで成し遂げてきたんだろう。
でなければ邪悪なる思念に攻撃された際も、あれだけ必死に、自分を差し置いてやつを仕留めることを俺に、促したりはしなかったはずだ。
それが今、すべてが終わってようやく、振り返ることができるようになった。それゆえ犠牲者たちに、目を向けるようになったのだろう。
「間違いではなかったと信じています。何度同じ状況に置かれても、きっと、何回でも同じようなことを考えて行っていた、とも。でも」
「それが、これまでに失われてきたものから目を逸らす理由にもならない」
「…………はい。だから、この傷痕はある意味、あなたや彼らと同じ戦場に、一度だけでも立つことができたという勲章でもあり。失われてしまった数多の命を決して忘れないという、証でもあるんです」
「……そうか」
なんだかんだ責任感が強いんだ、こいつは。俺は、リーベの肩を抱いて身を引き寄せた。
500年、多くのものを失ってきた。そのすべてに意味があり、そのすべてのおかげで今、この状況に至れたのだと信じる。
ありがとう。あなたたちのおかげで、俺たちはここに到達できました。
俺も、リーベの計画に相乗りした身としてそんなことを呟いた。
「お前がそこまで言うなら、俺ももう、何も言わないよ」
「公平さん……ありがとうございます」
「ただし。過去に縛られて、未来から目を逸らさないでくれよな? 今に辿り着いた俺たちは、これから先の未来を、明るく良いものにしていくことができるんだから」
「……はい!」
俺に身を寄せ、ニッコリ笑うリーベ。
──と。ドアの隙間から、誰かが覗いているのを見た。
「はわ、はわわわ」
「……優子?」
「お、おかーさーん! 兄ちゃんが、兄ちゃんがいたいけな美少女リーベちゃんを手籠めにしようとしてるー!」
「待てや!!」
愛する妹、優子ちゃんがまさかの出歯亀ちゃんになっていた。俺とリーベの密着を見て顔を真っ赤にして、ドタドタとリビングに向かっていく。こけるなよー。
まったく、うちの女性陣は揃いも揃ってデリカシーってものを知らない。母ちゃん? 言うまでもない。
リーベもそろそろ落ち着いたろうから、引き剥がそうと、あれ、剥がれない!?
「えへ、えへへ! リーベちゃんたら手籠めにされちゃうんですー!?」
「するわけないだろ! そろそろ離れろ、くっつくな!」
「いーやーでーすー! ていうかくっつかせたのあなたじゃないですか、もっと、もっと!」
「もう良いだろぉ!?」
どっちが手籠めにしようとしてるんだか、これじゃあしれたもんじゃない。
無理くり引き剥がして、俺はリビングへと向かう。そろそろ時間だし、行く準備もしなくちゃだしな。
「ほら、そろそろ俺は打ち上げ行くんだよ。離れなさい」
「あーんいけずぅ」
「誰がだよ……まったく」
言い合いしながら二人で歩く。まあ、こんなやり取りもすべてが終わったからこそか。平和の味ってやつかもな、やたら騒がしいけど。
節度ある距離を保ちながらリビングへ入る。すると。
「あら、噂をすればバカップル」
「ひゃあ、ラブラブさんだー!」
「…………」
冷静にからかってくる母ちゃんと、盛大に茶化す優子ちゃんがソファでニタニタ笑っていた。もー絶対こうなる気がしてたんだよなぁもーう!
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