ある意味、夢のダンジョン
現場は近いし徒歩だ、徒歩。商店街なんてすぐそこなんだし、一々車を乗り回すなんてやりにくくて仕方ない。
昼前にもなると日差しはきついし、気温も相当に高いみたいだ。俺自身は因果改変で暑さなんてまるで、感じてないけど、行き交う人々は汗を流して歩いていた。
「夏だなあ……」
「さすがに日が昇ると暑いですね。大丈夫ですか、公平くん」
「ええ、全然。ちょっとズルしてますから」
「ズル……ですか?」
キョトンとする香苗さん。まあ、説明はまだしてないしな。大体説明してもなお、因果を改変うんぬんカンヌンなんて人によってはチンプンカンプンだ。
一言でズルっていうのが一番分かりやすいのかもしれない。そんなことを考える俺に、彼女はおずおずと尋ねてきた。
「あの……なんだか公平くん、変わりましたね」
「え?」
「決戦から帰ってきてこっち、なんだか公平くん、大人っぽくなったと言いますか。その、何かを悟ったような面持ちと言いますか」
「あー……」
山形優子や佐山梨沙ですら気付いたんだ、御堂香苗ならばなおのこと、だな。
っていうか、マジで前と変わってるんだな、外から見ても俺は。別にこれが今の山形公平なんだから構いやしないけど、なんとなくむず痒い。
「正直、前以上に素敵に思いますよ。なんだかミステリアスで、魅力的です」
「えっ。そ、そうですか? へへ、そりゃなんか、どうも。えへへへ」
「……そういうかわいい、年下の男の子なところは相変わらずですね。安心します」
香苗さんに褒められて思わずニヤニヤする俺。思春期な情緒に、年上のきれいなお姉さんからのこういう言葉はたまらなく照れる。
敵わないなあ。この人と出会って三ヶ月、何回も思わされたことをまた、思うのだった。
商店街の近くには駅があって、その駅の南口のすぐ目の前に件のファーストフード店がある。ここの一階に、ダンジョンがあるわけだな。
ちなみにこの店、絶賛業務中だ。ダンジョンを物珍しさから見に来る客もいるのかな、やたら盛況だ。
商魂たくましいというかなんというか……まあせっかくだし、俺たちも昼飯はここでサクッとやるか。
俺はダブルバーガーセット、香苗さんは普通のバーガーにジュースのみ。なんか俺が食いしん坊みたいだ。いや、食いしん坊だけど。
こういう店の良いところは、注文してからすぐに出てくることだよなあ。賛否両論気味な味についても俺は好きだし、概ね満足だ。
さて、そうした食事もそこそこに終えて、いよいよダンジョン探査開始だ。
店長に話を通して、ダンジョンの入口へ。ちなみに迷惑なもんで、二つある出入り口の片方の真ん前にそれはあった。
当然近くの出入り口は封鎖されている。さっさと消して、お客さんたちが心地よく利用できるようにしないとな。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ。よろしくおねがいします」
カメラ片手にいつものスタイルの香苗さんを伴って潜る。相変わらずソロ戦闘スタイルだ、なんだか懐かしいなあ。
内部に入る。天井に蛍光灯が付いていて、そこそこ明るくダンジョンを照らし出していた。どっから電気賄ってんだこれ? そして床も壁も、これまたおかしな様相を呈しているのが分かった。
察するに、ファストフード店の情報を読み取ったな? 床にはハンバーガーが袋に包まれて転がっているし、壁にはフライドポテトとチキンナゲットが箱入りのまんま、あちこちにぶっ刺さっているのだ。
控えめに言って馬鹿みたいな光景だ。ヘンゼルとグレーテルじゃないんだぞ。
そしてそんなだから、あの独特の油っぽい匂いが充満している。腹減ってたら堪らないんだろうけど、さっき食ったばっかりだからなあ。
食傷気味って感じ。
「これはまた、なんとも……好きな人には夢のようなダンジョンですね」
「わざわざ容器に入れて、汚れにくくしてるあたりが小憎いですね。一応食えるでしょうけど、試してみます?」
「……止めときましょう。お腹いっぱいです」
ですよねー。踏んだりしないように気を付けながら歩く。
マジでそこかしこにファストフードが転がってるぞ。これ、ダンジョンコアほしいな……全探組には渡さず、俺個人で持っておきたくなってきた。
香苗さんに聞いてみる。
「ここのダンジョンコア。俺個人のものとして確保したいんですけど、手続きとかそのへんって、どうでしたっけ」
「ダンジョンコアを引き渡す際に申請すれば、審査の上で許可が下りるか下りないかが決められますね。認められれば、ダンジョンコアが後日、渡されます」
さらりと答えるできるウーマン、香苗さん。
ダンジョンコアは普通、確保したら全探組に渡すことになってるんだが、手続きを経れば探査者個人が手にできるケースも結構、ある。
なんなら任意の場所に植え付けることで、直下にそっくりそのままのダンジョンを作ることだってできるのだ。
ユニークな特徴のダンジョンコアを確保して、自宅の地下に形成。倉庫にしたり、別荘や秘密基地にしたり、修行場にしたり、はたまた何かしら別の用途に使ったり。
探査者によってまちまちだが、そんな感じに利用したくてコアを欲する者も中にはいる。今回の場合、俺もその一人だな。
税金がそれなりにかかるもんだから、好事家の趣味という範疇を超えるかは微妙なところだが。まあ、需要は無きにしもあらずってところか。
「ありがとうございます。認可制か……権利関係が絡みそうだし、難しいかな」
「包装や箱、完全にここのファストフード店のものですからね。間違っても商売には使えませんよ」
「衛生面でも不安は大いにありますしね。ま、止めとくかな?」
別に商売したいわけじゃないからそこは良いが、土塊の床や壁に無造作に埋まっているものを、わざわざ好き好んで食うのも、な。
なんとなし残念な心地に浸りつつも、俺は最初の部屋に入った。
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