新しき当たり前の日々
結構朝も早いんだけど、外は夏真っ盛りって感じで大分、暑い。車内が涼しかったもんだから、温度差でクラっときかねないほどだ。
まばらに歩く学生たちの注目を浴びる俺は、そそくさと校門を抜けた。日陰に入ってふうと息をつき、あんまり暑いのでちょっとズルをする。
「《暑くないから暑くない》、っと。へへ、快適」
『君さあ、なんでもないことで因果改変するのどうかと思うよ? 仮にもこの世界の因果律を司る存在だろ』
「良いんだよ、俺の能力なんだから。便利なものは便利に使うに決まってんじゃん」
苦言を呈する邪悪なる思念──こいつにもなんか、別の名前を考えないとなあ──に反論する。
いかにも今、俺は俺自身の因果律を操作した。原因を改竄して、俺が暑さを感じないという結果にしたのだ。極めて小さい範囲での、因果改変。
言うまでもなくこんな芸当、コマンドプロンプトである俺にしかできない。
あんまり広範囲に行うのは、世界の理とかバランスを崩壊させることに繋がるから絶対にできないんだけど。俺自身にまつわる範囲でなら、特に問題はないのだ。
燃え盛る夏の暑さをまったく感じなくなり、非常に快適で非常に過ごしやすい。年中春心地にだってできちゃうぞ。
まあ、それはさておき教室に行こうかな、と歩き始めた矢先だ。後ろから、俺の名を呼ぶ声がした。
「公平くん、おはよー!」
「あっ、おはよう梨沙さん」
すっかり仲良くなったクラスメイトのギャル、梨沙さんだ。決戦から帰ってきてからも、こうして相変わらず会ったり話したりしている。
並んで教室へ向かう。道すがら、夏休みについて話す。
「夏休み、どこ行こっか! 公平くんの予定って、たしか今日と明日は駄目なんだよね?」
「そうなんだよ、ごめん。明後日以降なら割と、空いてる日はあるんだけど」
「良いって良いって。じゃあ、明後日! みんなで行けたら、プール行こうよ。公園にある、あそこ」
プールかぁ……それ、良いなあ。夏っぽいし、楽しそうだし。何より水着って響きがすごくいい。ときめく。
明後日はたしか何にもこれと言った予定、なかったな。マリーさんやリンちゃんやベナウィさんとあれこれ遊びに行くのは、別に明後日でなくてもいいし。夏いっぱいはこっちにいるって言ってたもんな、あの人たち。
ちょっと考えて、俺は頷いた。
「分かった。明後日はみんなでプールで遊ぼう。夏休み入ってテンション上がってるし、きっと楽しいよ」
「やった! それじゃあ約束だよ! …………」
「……梨沙さん?」
はしゃいだかと思ったら、急に俺をじっと見てくる梨沙さん。
なんだろう、なんか付いてるのかな、顔に。頬とか顎とか触っても、年若いピチピチ肌の山形スキンには何か付いてる感じもない。
ふと、彼女は呟いた。
「公平くん……首都で何かあったの?」
「え? まあそりゃ、何もなかったってことはないけど……なんで?」
「なんか、前と感じ、違うし。大人っぽくなったっていうか、なんだろ。公平くんは公平くんなんだけど、ちょっと違うっていうか…………ちょっと、その。イケてるっていうか」
「…………ああ、なるほど」
聡いな、佐山梨沙。山形公平とコマンドプロンプトが混ざり合った今の俺を、直感的に見抜いたのか。
まあ、うちの家族も全員、それとなーく見抜いてるしな。帰ってきてから会った望月宥も、なんとなく感じていたみたいだし。
……そんなに変わったかぁ? って正直思うけど。今の俺はたしかに、前の山形公平とは明確に違うからなあ。コマンドプロンプトとしての記憶と感情も混じっているから、変に思われるのは仕方ないか。
「まあ、向こうで色々あって。大人にはなってないけど、あー、変化はしたかな」
「そう、なんだ」
「ちょっとだけだよ。俺は変わらず、山形公平だ」
言いつつ教室に入る。いつもの風景、すでに結構いるクラスメイトたち。
席について、ちょっと落ち着く。一月半近くはこの机ともおさらばかぁ。別に愛着はないけど、ちょっとおセンチ。
「おはよう山形くん、佐山さん」
「山形ぁ! 待望の夏休みだぜぇっ!!」
「終業式終わったら遊びに行こうぜ! カラオケ、ボウリング、ゲーセン!」
「ひゃっはー! なーつやすみだーっ!!」
クラスメイトたちがはしゃいで寄ってくる。テンション高いの分かる〜。俺だって心はサンバ踊ってるもん。
先生が来るまでしばしの談笑。いやー、期末テスト終わったあたりからみんな、あからさまに浮ついてたけど。ここにきてそれが、最高潮になってる感じはするね。
「……山形。お前、香苗さんの車で来たのを見たぞ」
「げっ、見てたの? おはよう関口くん」
「見てたよこの野郎。当て付けてんのか、お前」
と、クラスメイトにして探査者としての、なんだろう、友人じゃないし、ライバル? 的な? の、関口くんがやって来た。
さすがは香苗さんのファンだ、あの人の車で登校してきた俺にいきなり絡んできている。狂信者なところさえ受け入れてるガチの厄介ファンはさすがだな、思わず感心する。
「いやいや、そんなつもりはこれっぽっちも。ただほら、今日早く終わるし、あとで一緒にダンジョン潜ろうって約束を」
「当て付けじゃないか! 俺も混ぜろ!」
「嫌ですけど!?」
とんでもないこと言い出すな! なんで唐突に君を入れて三人でダンジョン探査しなくちゃならないんだ。
あーでもないこーでもないと、結局始業時間になるまで彼とはずっと、面倒なやり取りをすることになってしまった。
一時間後に最終話とあとがきを投稿します
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