果たされた約束
学校に向けて軽快に走る、車の助手席で。
運転席の香苗さんから色々、俺は矢継ぎ早な質問攻めを食らっていた。
「それで邪悪なる思念はどうなったのですか? リーベちゃんからあなたが何やらすごい存在だと聞きましたが、本当なんですか? 大ダンジョン時代はどうなったのですか? 総てを終えてどんなお気持ちですか? 今何を考えていますか? 私のことどう思いますか?」
「怖ぁ……」
怒涛の勢いすぎる。ていうか最後のなに、あなたのことは大事な人だと思ってますけど。
決戦以降、折を見て関係者全員集めて説明するよって言ってるのに、度々、彼女はこんな風に問い詰めてきている。よっぽどことの顛末とか、俺の正体が気になるんだろうなあ。
「明日、組合本部の大会議室にみんな集まりますから。その時に全部、お話ししますよ」
「むう! またそれですか! 伝道師として、いち早く真実を知りたいのに」
「何回も説明するの面倒なんですよ、勘弁してください。ちょっと、ことが込み入りすぎてるんです」
コマンドプロンプトに人格が発生したところから、俺こと山形公平に転生し、アドミニストレータ計画に決定的に不足していた最後の一手を打つところまで。
何ならそこから先、コマンドプロンプトすら把握していなかった、御堂香苗の《奇跡》が発動して、最終スキル《攻略! 大ダンジョン時代》に至るまで。
はっきり言うけどこんな経緯をこと細かに話すなんて、俺は一回しかやりたくない。面倒くさいにもほどがある。できる限り人を集めて、まとめて話してはい、終わり! といきたいもんだ。
「ていうか、そうだ。俺の方こそ香苗さんに聞きたいんですよ」
「えっ……何をでしょう」
「《奇跡》ですよ、《奇跡》。あんなスキルを持っていたなんて、驚きましたよ」
逆に質問する。本当、まさか香苗さんがあんなスキルを隠し持っていたなんて思いもしなかった。《究極結界封印術》だけとばかり、思っていたもんなあ。
もちろん、俺にとってはまさしく天の助け、それこそ救世主だ。あのスキルで蘇生していなければ、山形公平は死んだまま、コマンドプロンプトにより《滅尽滅相、大ダンジョン時代》が発動して……500年前から何もかも、すべてをやり直す羽目になっていたことだろう。
それもあり、明るく語る。
「いやー、たしかにアレは効果を知ってると発動しないスキルですから、香苗さんが俺に隠していたのは分かるんですけどね? まさかあれ、最近になってワールドプロセッサから変な啓示とかで受け取ったりしたのかなー、なんて」
「ああ、いえ……あれは。あれこそ私の、一番最初のスキルなんですよ」
「えっ!?」
「私が探査者になる、きっかけとなったファースト・スキル。それが《奇跡》でした」
まったく思いもしなかった事実。この人、初手からあんなレアスキル持たされたのか。
いや、でも。それってかなり危険なことなんじゃないのか? 対象が認知していると機能しないし、一回こっきりとはいえ、あれは紛れもなく因果を改変する極めて強力なスキルだ。
もし、なにかの拍子でバレた日には、権力者どもがこぞって襲いかからないとも限らない。そうなると、新米だった香苗さんにはどうしようも────
「────あ、そうか。それで将太さんは決戦スキルを」
「……はい。曽祖父から受け継いだ決戦スキルさえ、元を糾せば《奇跡》の隠れ蓑。カムフラージュとして渡されたものなんです」
やはり、な。将太さんは、曾孫を守りたい一心で決戦スキルを譲渡したんだ。
決戦スキルは救済者、つまりはアドミニストレータと接触するまで、その権能が封印されている。彼はその性質を利用して、香苗さんとアドミニストレータを繋げようと考えたんだろう。
計画のことなど露知らずだったろうけど、救済者が曾孫を護ってくれるかも知れないと、一縷の望みを託したのかもしれなかった。
「曽祖父は私に言いました。いつか、渡したスキルが解放される時。そのきっかけとなった人がきっと、お前を守ってくれるだろう、と」
「アドミニストレータの性質を考えれば、まあ守るでしょうけど……とんでもない慧眼ですね。その時点で将太さんに、ワールドプロセッサ絡みの話なんて知りようがないでしょうに。まさかソフィア・チェーホワやヴァールが漏らしたとも考えにくいし」
「あの人にとっても、自分の持つ正体不明のスキルに何か、ただならぬ運命を感じていたようです。半ば思い込みに近かったのかもしれないと言うと、ひいおじいちゃんに悪いですね」
そう言って苦笑する香苗さん。そこには曽祖父への深い感謝と尊敬が見て取れて、俺もなんだか嬉しくなる。
ありがとうございます、将太さん。あなたの想いはたしかに曾孫さんを守り抜き、巡り巡って俺をも救い、世界を未来へと進ませることに繋がりました。
そろそろ目的地だ。香苗さんの車は学校の正門前に停車し、通学中の学生たちの注目を引く。
いや怖ぁ……こんなところで車から出たくね〜! でも出ないと、それこそ目立つしなあ。
「あー……ありがとうございました。えーと、帰りは」
「ちょっと先の駐車場で待っていますよ。なんなら終業式を迎えるあなたの姿をカメラに撮って、のちほどSNSに投稿したいくらいですが」
「止めてくださいおねがいします」
「……元より部外者ですからね。残念です」
冗談でもなんでもなく、本気で無念そうなこの人が本当に、この人らしい。
なんか、そこにさえ日常を感じてしまっている自分に笑みをこぼしつつ、俺は羞恥心を殺して車を降りた。
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