僕らは探査者だから
工場にできたダンジョンだからだろうか、佐々木さん家のダンジョンとは少しばかり、様相が違う光景が広がっていた。
土くれの壁、床なのは変わらないんだが、どこか鉄臭い。あれ? と思って軽く壁を擦り、土を掘ってみたら赤茶けた石が埋まっている。
「これ、鉄混じり?」
「鉄鉱石ですね。ダンジョンは時折、発生した土地の性質に合わせて姿形を変えたりします。研修でもやりましたね」
「ああ、そう言えば……これがそうなんだ。なんだか、地味な気がしますね」
「大規模なものになるとそれこそおかしな光景が見られますよ。遡る滝の壁とか。お菓子でできた床とか」
「ヘンゼルとグレーテルかな。なんともカロリー高そうな話だことで」
ダンジョンの持つ、不思議な特性に感心しながら奥へと進む。
難易度自体は先程の佐々木さん家のダンジョンとそう変わらない。時折やってくるスライムやゴブリンを殴り蹴り、時にバックドロップなんかして蹴散らしていく。
その様子を後ろから撮影しながら、御堂さんが質問をしてきた。
「それにしても公平くん、鮮やかな手並みですね。例の習得効率10倍の威力ですか?」
「ええ、まあ。ひたすら動画サイトで、格闘家さんたちの動画を見て、それを真似して。それだけですけど」
「世界中の格闘家が羨ましがる話ですね。見様見真似でそこまでやれるなんて」
「そこはほら。探査者である以上、俺は格闘家としては生きていけませんから。それで堪忍していただきたいところです」
苦笑いと共に応える。称号《魂を救う者》の効果であるところの、格闘技術の習得速度10倍のぶっ壊れた性能を、ここ数日で俺は骨身に染みて痛感していた。
何しろその手の動画を、一度見ただけでだいたい理解して真似ができる。達人の動きや奥義みたいなのはさすがに、いくらか実際に練習しないといけないけれど……それにしたって数日かからずまとめて俺の技術となっている。
インチキ極まりない。こんなもん、ダンジョン探査以外のビジネスシーンだったらめっちゃ憎悪される。
「改めて思うんですけど、探査者が他の職業に就けないわけが分かる気がしますよ」
「就けないこともありませんよ? 建前上……非探査者に対して優位に立てるスキルを持つ場合、該当する職種への就業が組合規則で禁止されているだけです」
法律では禁じられていませんと嘯く御堂さんだけど、それって実質、ほぼ禁止みたいなもんなんじゃないかなあ。
一応この国は職業選択の自由が、あらゆる国民に対して保証されている。そこは間違いない。
ただ、暗黙の了解とか業種、職種内の公然の秘密として、探査者を雇い入れるのは敬遠しようという空気はある、らしい。
というのも、かつて大ダンジョン時代が始まった当初の頃。
探査者──というより当時は『能力者』と呼ばれていた者たちの、称号とスキルによって得られる効果が、それらを持たない人々に対して圧倒的かつ絶対のアドバンテージとなってしまっていた。
制度なんて整っていなかったもんだから、ダンジョン探査など一切せず、得た力を日常生活から仕事の場面に至るまで使い倒していたのである。
当然、あらゆる場面で能力者と非能力者の間に格差は生まれるわけで。
能力者側は選民意識を持つし、非能力者は排斥意識を持つし。日本のみならず世界各地でもう、一触即発の事態にまで陥ったらしい。
そこで国連が新たに国際探査者連携機構、通称WSOを作って各国に呼びかけ、能力者を一律でダンジョン探査業に取り組ませるよう、長い時間をかけて世の中の空気を変えてきたのだ。
今でも市民活動などを展開している反スキル、反探査業の人たちから言わせれば、探査者はダンジョンという檻に入れられた奴隷に他ならないとのこと。
奴隷かどうかはともかくとして、表現としては一理あるようにも思えなくもないけど……スキルや称号を、それも頭のおかしな効果を得た今なら実感として思うところがある。
これは仕方ないって!
こんなの野に解き放たれたら、どう考えてもヤバいって!
手にした力を冷静に、理性を持って判断した時。これは探査業以外で振るえば格差しか生まないものなんだって、誰でも分かるよ。
新人研修の時に御堂さんや先輩探査者の方々も仰っていたけど、スキルも称号も、ダンジョン探査のためだけにあるべきなのだ。それ以外の場面で使えば、必ずひどいことになる。
それは探査者全員が一番最初に教わることでもあるし、実際にダンジョン探査をしていって、スキルを身に付けていけば行くほどに、他人事でなく自分の実感として分かっていくことでもある。
だから俺は、俺たちは探査者として生きていくんだ。向いていたならダンジョン探査に、向いてなければ組合職員として内勤で。
陰に日向に、この大ダンジョン時代を生きていくんだ。
「ダンジョンが、俺の、生きていく場所なんですね」
「ええ。そして、私たちも共に歩んでいく道です」
探査者としての一番の心構えを、なんだか今、芯から理解できた気がする。
そんな俺に、御堂さんは一人じゃないよと優しく寄り添ってくれていた。
この話を投稿した時点で
ローファンタジー日刊ランキング1位
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