攻略!大ダンジョン時代
何も見えない聞こえない、分からない闇の底で。
声が、聞こえた。
聞き覚えのある、優しい声だ。微睡みを掬い上げるように、俺に。
俺に、起きろと、言ってくれた。
「────ぁ、え?」
ふと、目が覚める。え、何? ここどこ? え、ラストダンジョン?
何してたっけ? ああそう、私死んだんだよ。心臓ぶち抜かれちゃって。いや案外スーッと死ねたね。はは、新鮮味。
そんでもって、えーと。俺が現出して。リーベに説明して。邪悪なる思念と私を生贄に《滅尽滅相、大ダンジョン時代》を発動して──?
ん? 私? 俺?
滅尽滅相?
コマンドプロンプト? ん? え? は?
「…………怖ぁ!」
「!? えっ、あ、え? コマンド、プロンプト? ……公平さん!?」
「お? あ、ああ。リーベ、ただいま。コマンドプロンプトこと山形公平、なんでか蘇っちゃいました〜」
「っ? え、へ? うそ、え、ゆめ?」
「分かる〜」
気持ちめっちゃ分かる〜。俺も状況、よく分かってねえ〜。
えー、こういう時はちょっと瞑想。深呼吸して深呼吸。落ち着いてきた。
…………死の淵で、ワールドプロセッサの声がしたな。香苗さんのスキル《奇跡》が発動したとかなんとか。
嘘だろ……香苗さん、あのスキル持ってたのかよ。アドミニストレータにすら渡されることのない、完全にデータのみの没スキルじゃないか。
ワールドプロセッサめ、まさかコマンドプロンプトに気付いていたのか? いや、まっさか〜。
ていうか、あれだな? しかけたタイミングはあの、あのー、あれ。旅館の夜だな。おまじない。あのナントカマーク、今なら《奇跡》のマーキングだと理解できるよ。
うん。冷静になってきた。
「リーベ。色々説明はあとにするけど、俺、コマンドプロンプトと意識が一つになっちゃったみたい」
「そ、それではつまり、あなたは公平さんなんですか?! 意識の主導権はどっちが握っているんです!?」
「二重人格じゃねえから! えーなんていうかなあ。山形公平7割に、コマンドプロンプトが3割、みたいな? あくまで俺は山形公平だよ。コマンドプロンプトとしての記憶や感情も、そりゃああるけど」
「…………っ、公平さん!!」
俺の言葉をよく噛み締めてから、リーベは滂沱の涙と共に抱きついてきた! あっ、人の服で鼻噛むな汚え! それでも精霊知能かお前!
とはいえ、こうも号泣されるとなんか嬉しかったり罪悪感だったり。コマンドプロンプトのやったこととはいえ、振り回し過ぎだよなあ。それになんだか、態度も冷たかったし。元々がああだったとはいえ、今の俺は絶対やりたくない言動だ。
泣き続けるリーベをあやしつつ、俺は邪悪なる思念を見た。《滅尽滅相、大ダンジョン時代》が発動して、リソースとして存在を徐々に消されていくことにやつは、力なく項垂れて泣いている。
「嫌だ……死にたくない。嫌だよう……」
「……」
自業自得、身から出た錆。とはいえ、痛む胸はもう、抑えようもなく。
俺はリーベを抱きしめたまま、静かに問いかけた。
「……生きたいか?」
「! ……今さら、なんだよ」
「お前のやったことを許すつもりはさらさらない。だけど、生きたいと願うお前の命まで許さないつもりもない。時間はかかるし、償いもしてもらうけど。それでも生きたいか?」
その言葉に、邪悪なる思念は小さく頷いた。
決まりだな……リーベに、謝る。
「ごめん! リーベ。やっぱり俺、罪は憎めても命は憎めないみたい」
「……もう! 仕方ないですねー! でも、それがあなたらしい。リーベは、そんなあなたが大好きですよー!」
「ありがとな、リーベ。俺の相棒」
ニッコリ笑ってくれる、リーベに出会えて良かった。
いやリーベだけじゃない。500年前に生まれたこの魂が、見聞きしてきたすべてのもの。そして15年間、山形公平としての人格を育んでくれたすべての縁と因果に。
今、心からありがとうを告げる。
「──よし、じゃあやろうか!」
「ですが公平さん、何をするんです?」
「簡単なことさ。《滅尽滅相、大ダンジョン時代》を改変する──コマンドプロンプト、起動」
俺の魂、コマンドプロンプトとしての権能を発動する。うわ、当たり前のようにこういうことできちゃってる自分に違和感すらない。怖ぁ……
と、それはさておき!
──起動。呼び出し。検索。編集。改変。承認。実行。
と。前に《風浄祓魔/邪業断滅》を改竄したときと全く同じ手順だな。違うのは、今回の場合、該当スキルがすでに発動しちゃってることかな?
問題ない。発動を差し止めてロールバック。リソースは邪悪なる思念に戻さず改変スキルへ転換。邪悪なる思念の意識だけ残して、やつとやつの全エネルギーを組み込み、と。
使い道はもちろん、侵食されたシステムの完全復旧。セーフモードを解除できるようにして、大ダンジョン時代を終わらせる。
「き、消える!? 僕の身体が、消えていく!」
「魂は確保するから! 意識は持ったままだよ。言ったろ、時間かかるって。しばらく前のリーベみたく、俺の脳内にでも住み着いてろよ」
「なに!? そんなの聞いてない──」
言ってないからな。と、答える前に邪悪なる思念の本体は姿の一切を消滅させた。ほい、即座に魂だけキャッチ。
こいつは後で俺に組み込むとして、今はこっちだ。
コマンドプロンプトは言った。全部やり直すと。
それはそれで正しいのかもしれないけど、俺は、正しさだけが正解じゃないと信じている。
500年間、歪んだ因果……それでもその中で育まれたものには、いくつもの真実があるはずで。
それさえまとめてなかったことにするのは、間違いだと自信を持って言える。
だから、やり直さない。なかったことになんてしない。
大ダンジョン時代は終わらせる。そしてそこから、新たな歩みが始まっていく。
そこで生み出されるものごとが、寄り集まって縁を結んで、やがては新たな因果を生み出すだろう。
それもまた、一つの正解なんじゃないかと思う。
「──できた! さあやるぞリーベ、別に何かをしろってわけじゃないけど、せっかくだし見といてくれ!」
「はい! いつでもリーベちゃんは、あなたのことを見てますよー!」
これからの日々を、愛しく、かけがえのないものだと思えるように!
俺は! 大ダンジョン時代、最後のスキルを発動させた!
「──《攻略! 大ダンジョン時代》! 世界よ、時代よ! 今こそ未来へ進めーっ!!」
名前 攻略! 大ダンジョン時代
解説 戻りはしない、帰りもしない。すべて受け入れて、俺たちは前に進む
効果 世界も時代も何もかも、救うべきものをすべて救う。みんなと一緒に、みんなで前に進むための力
明日、エピローグを4話ほど投稿して本編完結です
ぜひとも最後までお付き合いください




