終焉を告げるモノ
「コマンドプロンプト!? そんな馬鹿な! あれに人格があるなんて、今まで聞いたことも」
「密やかに、と言っただろう。身を潜めていたのだ……ワールドプロセッサですら、今の今まで私の存在には気付いていなかったことだろうな」
今頃、私を見て盛大に驚いているのかもしれないな、ワールドプロセッサは。精霊知能に説明しながら、そんなことを考える。
そう、私はコマンドプロンプト。ワールドプロセッサが人格を得る裏で静かに発生した、因果律管理機構に宿る人格だった者だ。
「500年前。発生した私は、すぐさま誰にも気付かれぬよう、人格を隠してプログラムに徹しながら、ことの成り行きを見定めていた」
「な……なぜそんなことを。ワールドプロセッサにまで隠す意味なんて、どこにもないじゃないですか!」
「お前たちが明らかに冷静ではなかったからだ。怒りと恐怖に駆られるお前たちの巻き添えを食って、私まで冷静さを欠くわけにはいかないと判断した。心当たりがないとは言わせん」
「っ」
押し黙る精霊知能。さもありなん、今の今まで500年、こいつらはひたすら感情に振り回されて、視野を狭くしていたのだからな。
ワールドプロセッサまでこの始末とは、気持ちは理解するが情けない。
邪悪なる思念を見る。どうにか動けないかとあれこれ試しているようだが、無駄なことだ。
この世界においては因果こそが絶対的な理である。ワールドプロセッサをも超えるルールを司る私に、三界機構から得た力まで枯渇させた状態で、この者が逆らえるわけがないのだ。
山形公平を殺された恨みもある。鼻で笑い、私は先を続けた。
「ことが動いたのが150年前、この世界がセーフモードに切り替わってからだった。ワールドプロセッサがそうするだろうことを予期していた私は、次いで今の、この局面に至るまでのアドミニストレータ計画を、お前が主導となって企画立案するのを見ていた」
「ずっと見てたんですか……! 私たちの苦労も、努力もすべて他人事として!!」
「必要なことだった。それはこの場に私がいることが何より物語っている」
セーフモード発動後、到来した大ダンジョン時代。
アドミニストレータとしての素質を持つ者に力を与え、導き、邪悪なる思念を打倒する。そう、アドミニストレータ計画。
天地開闢結界および三界機構の攻略まで組み込んだその計画は、実際私から見ても感嘆に値する出来だった。なるほどこれならば勝ちの目もあるかもしれないと、そう思えるほどに。
だが足りない。足りなかったのだ。
「秘密裏に試算を重ね、シミュレートを繰り返し……計画には最後の最後、どうしようもなくあと一歩が不足していると私は結論付けた。山形公平が決定的に攻めきれなかった理由と、同一の一歩がな」
「……セーフモード。私は、まさか邪悪なる思念が、その機能を使える状態にあるなんて想定さえしていなかった……!」
「そうだ。とはいえ、仮に想定していたとしても手の打ちようがなかったがな。セーフモードの強力さは、他ならぬお前やワールドプロセッサが一番よく知っているだろう」
ゆえに。私はそこで、自らを最後の一手とするべく動き出した。
「最後の……一手」
「邪悪なる思念をここまで追い詰めた状態で、しかしアドミニストレータは敗れ去るだろう。その、仕留めきれない最後の一押しをするべく……私は、転生した」
「────っ、あ、なたは。まさか、それで」
ついに理解したのだろう。私がなぜ、山形公平と魂を同じくしていたのかを。
そうだ。私は、コマンドプロンプトとしての己を一旦、封印した。この世界の輪廻に乗り、一つの魂として転生を繰り返し……その果てに、山形公平という人間に生まれ変わったのだ。
全てはこの時、この瞬間のために。山形公平が死した後、最期の一手を打つためだけに。
「私の案では、アドミニストレータは負けて死ぬことが前提となる。完全な踏み台だ。何の罪もない人間に、そのような貧乏くじを引かせたくはなかったからな。アドミニストレータ役から、私自身が行うことにしたのだ。私以上にアドミニストレータに適した存在もいないのだから、ワールドプロセッサはたやすく山形公平を見出した」
「で、ですが! 公平さんはそんなこと、少しも知らなかったみたいですが!?」
「当たり前だ、人格を分割していたのだからな。だが魂は使命を覚えていたのだろう。この計画を遂行するに相応しい、優しく慈悲に満ちた人格に育ってくれた。御堂香苗いわくの、救世主だったか? 言い得て妙だな」
私の言葉に、精霊知能は著しく機嫌を損ねたようだった。私を睨み、怒りに震え涙すら流している。
感情の理解に乏しい私には、その涙や怒りの理由がとんと分からない。山形公平ならば、寄り添うこともできたのだろうが、な。
まあ良い。説明もそろそろ終わりにして、やるとするか。
「もう良いか? ならば私は、最期の一手を打たせてもらうとするが」
「……なんなんですか、最期の一手とは」
「なに、一つスキルを発動するだけだ。私と、そこな邪悪なる思念とやつの抱える全エネルギーを贄とし、500年前からすべてをやり直すスキルをな」
「な、なに!?」
「はあ!?」
盛大に驚く邪悪なる思念。精霊知能まで、何を慌てる。
当たり前ではないか。500年前の侵攻から始まり、この世界のすべてが歪んだ。復興などと言っていないで、全部やり直してしまえば良いのだ。
それこそリソースならば、うってつけの者がいるのだからな。
「き、貴様……! ぼ、僕をリソースとして消費するつもりか……!!」
「喰うものはいつか喰われる。そのいつかが今、ようやく来たということだ」
「ま、待ってくださいコマンドプロンプト! 500年前からって、今ここにいる私たちはどうなるのですか!?」
「なかったことになる。というか、本来なかったのが我々なのだから当たり前だろう。歪んだ因果は、根本より糺す」
「ぁ……あ……!」
当然の理というのに、精霊知能はすっかり青ざめてその場にへたり込んだ。人間の影響を受けすぎたな……哀れな話だが、仕方あるまい。
私は山形公平ではない。山形公平ほど、すべてを救ってやる気概はない。あるのはたった一つ、この世界の因果を正常なものとする理念、それだけだ。
邪悪なる思念の首を掴む。涙を流して、何やら命乞いをしている。
知らん。一緒に消えてやるからそれで納得しろ。
私はすべてを終わらせる、最終スキルを発動した。
「《滅尽滅相、大ダンジョン時代》──さあ、あるべき姿へ戻れ、すべてよ」
名前 滅尽滅相、大ダンジョン時代
解説 元に戻れ世界、あるべき形に帰れ時代
効果 この世を壊したモノ、歪めた元凶。狂った時代を終わらせる。壊すべきものを、すべて壊す
──世界は今、再構築される。
次の投稿は20時に、演出を優先した極めて短い一話を投稿します
そしてその一時間後の21時に、もう一話投稿します
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